埼玉大学などは10月25日、レーザーによって結晶を局所的に壊すことで結晶を大きくするという、従来法とは根本的に異なるタンパク質結晶育成法を開発したと発表した。
同成果は、埼玉大学 吉川洋史准教授、大阪大学 丸山美帆子特任助教(研究当時、現 京都府立大学特任講師/北海道大学低温科学研究所研究員)、森勇介教授、横浜市立大学 橘勝教授、東北大学金属材料研究所 小泉晴比古助教、創晶らの研究グループによるもので、10月24日付けの英国科学誌「Nature Photonics」オンライン版に掲載された。
タンパク質の分子構造を知るためには一般に、最低でも数十ミクロン以上の単結晶を作製し、X線や中性子線により解析する必要がある。しかし、タンパク質は結晶成長の駆動力が弱く、濃度や温度などの結晶周囲の環境因子を厳密に制御したとしても、分子構造の解析に必要な大きさの結晶を得ることが難しいケースが多々ある。
同研究グループが開発したタンパク質結晶育成法は、過飽和溶液中のタンパク質結晶に対して、フェムト秒レーザーをレンズで集光照射し、レーザーアブレーションと呼ばれる現象により、数ミクロンの結晶表面の局所領域を破壊するというもの。これにより、レーザーで局所破壊された結晶面の成長速度が10倍以上促進される。なお、レーザー破壊箇所を含む成長した結晶のX線回折パターンを測定した結果、結晶品質の劣化は認めらなかったという。
この結晶成長現象のメカニズムを調べるために、レーザー共焦点微分干渉顕微法という、分子高さの段差を可視化できる光学顕微法を用いて結晶を観察した結果、レーザー照射前は、2次元核成長という成長様式であったのに対して、レーザー照射後には、破壊された箇所から渦巻き状の成長丘が発生し、渦巻き成長することが明らかになった。
2次元核成長はほとんどのタンパク質で見られる一般的な成長様式だが、2次元核発生というエネルギー障壁を超える必要があるため、過飽和度が低い溶液中ではその成長速度が極端に低下することが知られている。一方、渦巻き成長は、そのようなエネルギー障壁がないため、低過飽和溶液中でも大きな成長速度を維持することができる。しかし、渦巻き成長は転位と呼ばれる欠陥から発生するため、結晶内に偶然転位が存在するか、力学的なひずみをかけて強制的に転位を発生させねばならず、従来法ではその制御ができなかった。
今回、フェムト秒レーザーアブレーションで局所破壊した結晶をX線トポグラフ法で観察したところ、らせん転位と呼ばれる渦巻き成長の源となるひずみ構造が発生していたため、今回開発された結晶育成法においては、レーザーアブレーションにより結晶にひずみを与えることで、渦巻き成長を能動的かつ時空間制御して発生させているものとみられる。
同研究グループは、過去にフェムト秒レーザーアブレーションを利用したタンパク質の結晶核発生や種結晶作製にも成功しており、今後、これらの技術を組み合わせることで、分子構造の解析に最適な結晶を、光技術により一貫して作製する手法論の創製につながることが期待できるとしている。