京都大学(京大)は9月13日、亜鉛イオンによって活性化し、周辺のタンパク質をタグ付けできる新しい亜鉛応答分子を開発し、同分子を用いて細胞内で高濃度の亜鉛イオン環境下にあるタンパク質を一網打尽に同定することに成功したと発表した。
同成果は、京都大学大学院工学研究科 浜地格教授、大学院生の三木卓幸氏(研究当時)らの研究グループによるもので、9月13日付けの英国科学誌「Nature Methods」オンライン速報版に掲載された。
亜鉛は生物にとって必須の金属元素であり、酵素の反応中心として遺伝子の発現制御や血液のpH調整などを司るだけでなく、発生や神経活動を制御する信号分子としても注目されており、実際に脳内虚血や脳傷害、てんかんやアルツハイマー病患者の脳組織では、亜鉛イオン濃度が大きく上昇することが知られている。これまでに亜鉛イオン自体をイメージングする技術は開発されているが、亜鉛の周辺に存在し直接または間接的に関わるタンパク質を直接調べる方法や技術はいまだ開発されていない。
今回、同研究グループは、亜鉛イオンを強く結合するユニットと、タンパク質をタグ付けする反応ユニットを連結し、亜鉛イオンの結合で反応ユニットが活性化する亜鉛応答分子「AIZin」を設計し、合成。同分子の特性を試験管内で評価したところ、亜鉛イオン存存下で、共存する多くのタンパク質がタグ付けされることを確認した。また、細胞内に透過できるようにタグ部分に細工を施したAIZinでは、生きた細胞にふりかけるだけで15分程度で細胞内に浸透し、細胞全体に均一に分布することがわかった。
同研究グループはさらに、脳内虚血のモデルとして一酸化窒素による酸化ストレスをC6グリア腫細胞に与え、細胞内での亜鉛イオンの時間的および空間的変動とそれに伴う亜鉛周辺のタンパク質群の種類の変化を追跡した。酸化ストレス後の亜鉛イオンの分布を蛍光センサーで観察を行ったところ、亜鉛イオン濃度が細胞全体で一時的に上昇し、それが3時間くらいかけて、ベシクル小胞という特定の小さな領域に集まって濃縮される様子が観察された。
また、酸化ストレス刺激後10分と3時間後の細胞にAIZinをふりかけて、その後にタグ付けされた複数のタンパク質群を抗体によって捕捉・濃縮し、質量分析装置を使って同定。同定された約300種類のタンパク質リストを解析した結果、酸化ストレス刺激後10分では細胞質や核に分布するタンパク質が主としてタグ付けされている一方で、3時間後ではそれらは減少し、新たにベシクル小胞に分布するタンパク質が多く同定された。この結果は亜鉛イオンの局在変化と一致しており、AIZinと質量分析装置を組み合わせた手法によって、空間的に変動する亜鉛イオンの周辺に存在する一連のタンパク質をスナップショット的に同定できることが実証されたといえる。
同研究グループは、AIZinを用いた分子技術を応用することによって、刻一刻と変化する亜鉛イオンの生体内動態に関係する多くのタンパク質の解析が進み、信号分子としての亜鉛の実体解明につながることが期待されると説明している。