「ざっくり」しているPremiereがマッチした製作現場

ここからは、プレゼン後に行われたプレス向け説明会で得た情報となる。

先にも出た話題だが、映画業界の編集で使うソフトはAvidをがメイン。東宝の編集室にはAvidでの作業をするための部屋があるほどだ。プロ向けに作り込まれ、ポスプロへの引き渡しなどの練度が向上するなど、映画づくりに適した進化を遂げている。

そんな状況にあって佐藤氏がPremiereを採用したのは、「すごくざっくりしている」からだという。

通常、ファイル形式の異なる映像素材を組み合わせると、形式を揃えるためにレンダリングが行われる。だが、Premiere Proはこうしたレンダリングを行うことはない。非常に多様なフォーマットがすべて読み込めて、かつレンダリングなしで再生できる「軽さ」のが強みである。

本編1カット目の映像など、iPhoneで撮影した画像が本編にそのまま採用されたり、さっと撮った写真が編集の俎上に載ることの多かった『シン・ゴジラ』の現場では、このざっくり感がフィットした。佐藤氏はPremiere Proのこうした性質を愛をこめ「やんちゃなソフト」と呼んでおり、庵野監督もPremiere Proを採用してよかったと漏らしていたそうだ。

佐藤氏から伺った庵野監督のディレクションは、既存の制作工程の常識を打ち破るものだった。そこで監督を説得して変更を断るのではなく、細かな変更に耐えうるワークフローを構築するアプローチには大変驚かされた。さながら「家を建て終わった後に壁を増やす、あるいはなくす」と言う施工主のために、「あとから付け外しできる仕切りとスペースを用意しておく」ようなワークフロー構築は、庵野監督への最大級の敬意がなければ実現しなかっただろう。

ドキュメンタリー調の「整えすぎない」映像

『シン・ゴジラ』の現場では、デジタルシネマ用カメラと、iPhoneで撮った映像が混在する。多様なカメラが6、7台のカメラが常に同時に回っているような状態だった。

映画製作で異なるカメラで撮った映像を組み合わせる場合、トーンをそろえるためにカラーグレーディング(カラグレ)を行うものだが、庵野監督はドキュメンタリータッチの画づくりを志向し、色はあえて揃えなくてもかまわないという方針を掲げた。庵野監督の記憶力はすさまじく、スタッフ側の判断でカラグレをした(色を揃えた)箇所にチェックが入るほどだった。

とはいえ、画調が合わない部分も出てきて、そこには最終的に調整を加えた。だが、完成物を見ると、どこをiPhoneで撮ったのか分からないような仕上がりになった。iPhone 6s以降、4Kムービーの撮影が可能になった。庵野監督や佐藤氏などプロの目から見ても、その映像の品質は驚くべきものであったそうだ。

「ドキュメンタリータッチ」と庵野監督は表現していたそうだが、この意図について、佐藤氏は「あの当時(3.11)にメディアが行っていた報道のあり方、見え方を再現したかったのでは」と語る。劇中にスマートフォンで「巨大不明生物」を撮影する人々が描かれる印象的なシーンもあるが、撮影方法や映像制作においても、ここ数年の空気を存分に読み取り、反映したといえそうだ。なお、総カット数は数えていないそうだが、VFXのカット数だけでも500~600カットはあったそうだ。

ギャレス版ゴジラの続編の公開延期によってある種スケジュールに余裕が生まれたのでは?との質問に「そうはいっても、判明した段階ではもう遅かったですね」と佐藤氏。シン・ゴジラの現場では庵野監督の高い要求に応じるためマンパワーをフル活用しており、スタッフ側で画に凝りはじめるような余裕はなかったそうだ

ここから少しだけ、ストーリーにも関連のあるエピソードを記載したい。「ゴジラ」が初めて上陸~逃げるまでの場面では、すべての場面の時刻が設定されており、そこにあわせて合成部が時計やニュース画面の時刻表示などをはめこんでいったそうだ。「昼のニュースでも、時刻スーパー出るよね」と庵野監督がコメントしていたとのくだりもあり、こうした緻密な表現によって、作品の迫力は増していったのだと感じた。

ちなみに、官邸前のデモ隊はAfter Effectで佐藤氏がひとりで合成したのだという。各方面の有識者をうならせる情報量をはらんだ『シン・ゴジラ』だが、その型破りなワークフローは新たな見所だ。映像制作の現場に影響を与える事例といえるだろう。