手堅い設計と性能をもつKSLV-II

KSLV-IIロケットは全体的に、高望みせず、韓国のもつ技術に沿った、手堅い設計の機体となっている。

第1段には推力75トン級のロケット・エンジンを4基装備し、第2段には第1段と同じ75トン級エンジンを1基のみ装備。そして第3段には推力7トン級ロケット・エンジンを装備する。

75トン級エンジンは推進剤に液体酸素とケロシンを使用し、エンジン・サイクル(エンジンを動かす仕組み)にはガス・ジェネレイター・サイクルを採用している。この性能や技術は、飛び抜けてすぐれている、あるいは高度で難しいというわけではない。ロシアから高度な最新鋭エンジンの技術を手に入れようとしたころと比べると大きな進歩で、韓国が自力で宇宙ロケットを造るためには何が必要で、何が妥当かということを十分に理解した結果という印象を受ける。

韓国は羅老号の開発時に、この75トン級と同じ推進剤、同じエンジン・サイクルで、推力30トン級エンジンの開発を行っていた。これはウクライナのロケット企業ユージュノエからの技術供与があったとされる。この30トン級エンジンは、将来的に羅老号の第2段に搭載し、打ち上げ能力を増したロケットを造ろうという計画があった。もし実現していれば、これがKSLV-IIと呼ばれるロケットになっていたはずである。その後、肝心の羅老号の計画が中止されたことで、30トン級エンジンは行き場を失うが、開発だけは続けられ、やがてこの75トン級エンジンへ引き継がれることになったという。

75トン級エンジンは2008年ごろから開発が始まり、部品単位での試験を繰り返し行っていた。また2015年12月にはこのエンジンのための試験設備も完成したことで、今回の燃焼試験が始まった。今後、40基近いエンジンが製造され、燃焼試験を繰り返し行うとしている。

一方、第3段に使う推力7トン級エンジンは、すでにエンジン全体の燃焼試験も行われており、現在も続いている。以前、このエンジンはガス加圧式という、75トン級のガス・ジェネレイター・サイクルよりも簡素な仕組みが使われるという報道もあったが、公開されている写真を見る限りは、同じガス・ジェネレイター・サイクルを採用しているようである。おそらく7トン級エンジンの開発で技術を得たのち、それを大型化する形で75トン級を開発したのであろう。

左が75トン級エンジン、右が7トン級エンジン (C) KARI

第1段では75トン級エンジンを4基束ねて使用する (C) KARI

KSLV-IIで韓国は宇宙開発で自立

KSLV-IIは3段式のロケットで、打ち上げ能力は高度700kmの太陽同期軌道に1500kgほど、また月へは550kgほどになるとされる。

太陽同期軌道というのは、地球の観測に適した軌道のひとつで、多くの地球観測衛星や偵察衛星がこの軌道に打ち上げられており、前述のアリラン・シリーズなどの小型、中型衛星もこの軌道に乗っている。

これまで韓国は、羅老号で打ち上げられた試験衛星を除けば、すべての人工衛星を他国のロケットで打ち上げてきた。しかしKSLV-IIが完成すれば、小型、中型衛星に関しては自力で打ち上げることができるようになる。

また、他国からの商業打ち上げの実現も見えてくる。近年、商業用の地球観測衛星や、複数の低軌道衛星による通信サービスなどが注目を集めているが、これらに使用される衛星は数百kgほどの小型、中型衛星が多い。KSLV-IIの打ち上げコストは約300億ウォン(現在の為替レートで約28億円)を狙っているとされ、実現できればこのクラスのロケットとしては十分に安価であり、他国からの受注が期待できよう。また、韓国国内でそうした衛星を利用する企業が出てくれば、KSLV-IIが使用される回数も増えることになる。

KSLV-IIに近い性能のロケットは世界にいくつか存在するが、数としては少なく、また一部は退役した大陸間弾道ミサイルから転用された機体であるなど、その将来性や運用性に難を抱えている。したがって、KSLV-IIが衛星打ち上げ市場に参入できる素地はある。

さらに、75トン級エンジンをより束ねることで、より大型のロケットも実現できる。同じ手法は米国のスペースXも採用しており、同社の「ファルコン9」ロケットは、同じエンジンを9基束ねることで造られている。すでにKARIでは、韓国版ファルコン9のような「KSLV-III」などの構想も明らかにしている。

75トン級エンジンを9基装備する「KSLV-III」 (C) KARI

KSLV-IIIを3基束ねて造る「KSLV-IV」 (C) KARI

タイムリミットは1年6カ月

しかし、KSLV-IIの開発はある危険をはらんでいる。それは開発スケジュールである。

KARIではロケットの初の試験打ち上げを2017年12月に設定している。この試験打ち上げはKSLV-IIの第2段と第3段のみで行われるとされるが、それでも75トン級エンジンと7トン級エンジンの両方が完成していなければ打ち上げできない。

しかし2016年5月現在、7トン級エンジンは燃焼試験を繰り返している段階にあり、75トン級エンジンはようやく燃焼試験が始まったばかりである。当然、ロケットの実機もまだ存在していない。これから開発が万事順調に進んだとしてもこのタイムリミットを守るのは厳しく、とくに75トン級エンジンはこれから、燃焼試験を繰り返す中でいくつもの障壁に当たるはずである。

さらに、現時点ですでに、もともとの計画からは約半年ほど開発が遅れている。ロケット開発が遅れるのはよくあることだが、その一方で2017年12月の試験打ち上げという計画は堅持されたままである。

韓国メディアではたびたび、この期限を守るのは難しいという関係者の声が紹介されている。「複数のエンジンを使って同時に試験を行うことで期間を短縮するつもりだ」とも語られることがあるが、そうした無理な試験は、計画全体に歪を生むきっかけとなりかねない。またロケットの総開発予算は約2兆ウォン(約1857億円)と伝えられているが、これは新型ロケットの開発費としては、とくに開発期間を短縮させることも考えると余計に、十分とは言えない額である。

また、この試験打ち上げ後、2019年と2020年にも、第1段をもつ「完成形」のKSLV-IIの試験打ち上げを行い、さらにこの打ち上げで月探査機を月まで飛ばすとしている。こちらもまた厳しい計画である。

それでも、こうした厳しい計画が撤回されないのには、朴槿恵大統領の意向があることは間違いない。朴槿恵大統領は選挙時から宇宙開発へ期待をかけており、「2020年に月に太極旗を立てる」と宣言し、実際に朴氏の当選後、セヌリ党の公約にはKSLV-IIの開発に加え、無人探査機の月面着陸という文言が含まれた。韓国の大統領の任期は5年で、また再選は禁止されているため、朴氏が大統領として2020年を迎えることはないが、退任直前の2017年12月にKSLV-IIの試験打ち上げを行うこと、そして公約通り2020年に無人探査機の月面着陸を行うことを要請しているため、計画の延期ができないのではないだろうか。実際、今年4月の総選挙で、セヌリ党は2020年に月探査を、という公約をふたたび掲げている。

はたして今後、どこかで現実的な開発計画に是正されることはあるのか、それともこのままの計画で突き進むのだろうか。

KSLV-IIの開発は、これまでのところ比較的順調な歩みを見せている。この無理な開発計画は気がかりであるが、それでも遅くとも2020年代にロケットは完成し、韓国は自律した宇宙へのアクセス手段を手に入れることになるだろう。

KSLV-IIによる月探査機打ち上げの想像図 (C) KSLV-II Launch Vehicle Agency

75トン級エンジンの試験の様子 (C) KARI

【参考】

・http://blog.kari.re.kr/?p=224
・韓国型ロケットのエンジン試験設備竣工…試験設備9割完了 | Joongang Ilbo | 中央日報
 http://japanese.joins.com/article/348/209348.html
・セヌリ党の「半分の真実」月探査公約、「二番煎じ」「無賃乗車」=韓国(1) | Joongang Ilbo | 中央日報
 http://japanese.joins.com/article/793/213793.html
・韓経:「韓国型75トン級液体エンジンを初めて組立…月探査船打ち上げの日も遠くない」 | Joongang Ilbo | 中央日報
 http://japanese.joins.com/article/475/213475.html
・韓国型発射体、2017年末に試験打ち上げ予定 「順調に進んでいる」 | Joongang Ilbo | 中央日報
 http://japanese.joins.com/article/510/211510.html