理化学研究所(理研)は4月28日、細胞分裂後にできる娘細胞にミトコンドリアDNA(mtDNA)からなる「線状多量体(コンカテマー)」が送り込まれることでミトコンドリアゲノムの初期化が促進されるという、mtDNA複製と分配の新しいメカニズムを発見したと発表した。
成果は、理研吉田化学遺伝学研究室の凌楓(リン・フォン)専任研究員、吉田稔主任研究員、国立精神・神経医療研究センター メディカル・ゲノムセンターの後藤雄一センター長らで構成される共同研究チームによるもの。成果は、米科学誌「Molecular Biology of the Cell」オンライン版に掲載された。
ミトコンドリアは、細胞エネルギーのATP(アデノシン三リン酸)の生産を司り、1つの細胞内に数千個存在している。また、細胞核内にあるDNAは両親から半分ずつ受け取るが、mtDNAは母親からのみ伝わるといった特徴を持つ。
ミトコンドリアゲノムは、新生児の状態である正常型mtDNAのみの状態(ホモプラスミー)から、加齢に伴いmtDNAに変異が蓄積し、成人の体細胞で変異型mtDNAと正常型mtDNAが混在した「ヘテロプラスミー」という状態になり、変異型mtDNAの比率が一定以上になると、ミトコンドリアの機能が低下して細胞エネルギーの生産量が減少し、「ミトコンドリア病」やがんなどを発症することが知られている。
子孫への遺伝の過程ではヘテロプラスミーからホモプラスミーへの「リセット」による健全化が起こるが、卵子形成あるいは発生の段階でミトコンドリアゲノムが初期化されるために起こると考えられてきたものの、その分子メカニズムは未解明であり、初期化の仕組みはよく分かっていなかった。
そこで今回、共同研究チームは、ミトコンドリア病患者由来のヘテロプラスミー状態の細胞に、適度な濃度の過酸化水素(H2O2)を加えて活性酸素種(ROS)を発生させた後、mtDNAの観察を実施。その結果、1つの複製開始点から連続的にmtDNAにおいて「ローリングサークル型複製」が行われ、多数のミトコンドリアゲノムが直鎖上につながったコンカテマーが形成されることが確認されたという。さらにこれらの細胞では、細胞分裂の際に少数の鋳型からできた多数のコピーが娘細胞へ継承され、ミトコンドリアゲノムの「不均等な分配」が起こるため、正常型と変異型の混在が解消されホモプラスミーとなることも判明した。
今回の成果について研究グループでは、従来の遺伝子の複製機構では説明できなかったミトコンドリアゲノムの初期化機構に、ROSによるローリングサークル型複製の活性化が関与することを示していると説明しているほか、母系遺伝(細胞質遺伝)を担うmtDNAの複製・分配機構の解明を通じて、どのような機構を経てミトコンドリア機能を健全化した子孫が誕生するかという、生命の基本原理の理解に迫るものだともコメントしている。
なお、iPS細胞の場合は核DNAはリセットされるものの、mtDNAはリセットされずヘテロプラスミー状態のままのため、高齢者の細胞から作成したiPS細胞には問題があることがわかってきており、今回の成果を活用していくことで、将来、そうした問題の解決にもつながることが期待されるという。