変革するアリアンスペース

1980年の設立から36年を迎え、商業打ち上げのトップをひた走るアリアンスペース、そして欧州のロケットだが、ここへきて大きな変革を迫られた。読者の方はご存知の通り、ここ最近、低価格なロケットであるスペースXの「ファルコン9」が登場し、アリアンに迫る勢いで商業打ち上げ市場のシェアを獲得しつつあり、さらに機体を何度も使い回すことでさらに低価格にしようとしているためである。

そこで欧州では、新型の「アリアン6」ロケットの開発が始まっている。アリアン6はアリアン5よりも打ち上げ能力を若干向上させた上に、価格は半額という目標を掲げている。正確な価格がどれくらいになるかは不明だが、ファルコン9と十分に戦える可能性は高い。

米スペースXのファルコン9ロケット (C) SpaceX

アリアン6ロケットの想像図 (C) ESA

――という、国内外のメディアでよく見られる話題の切り取られ方を、同社は嫌う。たしかにファルコン9は脅威であり、対抗しなければならないとは認めるものの、前述のようにアリアンは欧州が自立した宇宙への輸送手段を維持するために必要なロケットであり、アリアン6もファルコン9に対抗するためではなく、あくまで欧州にとって必要なロケットであるから開発するのだ、という姿勢を崩さない。また、ロシアや中国も低価格なロケットをもっており、ファルコン9はそうした競合相手のひとつに過ぎないと語る。

ステファン・イズラエルCEO

今回の記者会見でも、同社のステファン・イズラエルCEOは「そもそもファルコン9とは市場で競合しないだろう」と語った。「彼らはまず、米国内の需要(NASAの衛星や有人宇宙船、軍事衛星の打ち上げ)に目を向けており、またスペースX自身が4000機の衛星を打ち上げてインターネット通信サービスを展開する計画もある。火星にも行くと言っている。つまりそれだけで、相当な数のファルコン9の打ち上げを考えているということになる。

「アリアンスペースとしては火星に行くということは考えていないし、自社で大量の衛星を打ち上げるという計画もない。たしかにファルコン9は米国内外の商業打ち上げも狙っており、そこで競合することはあるだろうが、(ファルコン9は前述の他の打ち上げで相当数が使われることから)​市場が重なることはないだろう」とも述べた。

ファルコン9の再使用についてもまた、同社はもう何年も否定的な見方を続けている。今回の会見でも、イズラエル氏は「彼らは2機の回収には成功しているが、他の回収は失敗に終わっている。また回収に成功した機体の再使用はまだ行われていないし、再使用される機体の信頼性も不明である。戻ってくるのに追加の推進剤も必要であり、整備も必要になる。つまり再使用で本当に安くなるのかはわからない」と語り、陸地や船への着地成功に沸き立つ世間とは裏腹に、冷淡な見解を示した。

もっとも、「宇宙旅行の実現や、自社で何千機も衛星を打ち上げることを考えている彼らにとっては、再使用というのは良い選択肢なのかもしれない」とも述べ、再使用そのものの成否については含みを残した。

メタン・エンジン「プロメテ」

しかし、だからといってアリアン6が、今後何十年も通用するとも考えてはいないようで、イズラエル氏はアリアン6のさらに先の戦略を明らかにした。

イズラエル氏が「野心的」とさえ語るその戦略は、アリアン6の価格をさらに下げるというものである。その鍵は、メタンを使うロケット・エンジン「プロメテ」にある。

メタンを使うロケット・エンジン「プロメテ」 (C) CNES

現在のアリアン5や、開発中のアリアン6でも使われる第1段エンジン「ヴァルカン2」は、燃料に液体水素を使っている。液体水素は高性能なエンジンにできる反面、扱いが難しく、価格も高いという欠点もある。一方メタンは、効率は液体水素よりも劣るものの、推力(パワー)が出しやすく、また液体水素よりも沸点が高いため扱いやすく、価格も安い。

さらにエンジンそのものの構造も、3Dプリンタなどを駆使して安価に製造できるようにし、エンジンのコストをヴァルカン2の1/10に、そしてロケット全体のコストはアリアン6の半分を目指すという。

アリアン6は現在、2020年に初打ち上げを行うことが絶対条件となっているため、すぐにこのプロメテが搭載されるというわけではない。アリアン6のさらに先、2020年代の後半から30年あたりの実用化を目指すという。

プロメテが実現すれば、ファルコン9よりも優位に、あるいは再使用でより安価になったファルコン9とも戦えるようになるだろう。ただ、やはり同社は「これはファルコン9と戦うための開発ではない」と主張する。

ステファン・イズラエルCEO

「これはお客様の要請に基づくものである。顧客へのヒアリングの結果、次世代のロケットは、より安価に、より短い期間で打ち上げられるようになってほしいという声を聞いた。市場のニーズは次々と変わるものだが、2020年代のアリアン6はそれに対応できるものだと考えているし、さらに目は将来を見据えており、さらなるコストダウンを実現できるエンジンの開発に着手している」と、イズラエル氏は語る。

そして「我々は他に追随するような、真似をするような会社ではない。これまでの実績、マーケティングに基づいた独自戦略を掲げるのが我が社だ」と延べ、スペースXとの違いと、対抗力、そして業界リーダーとして矜持をアピールした。

もっとも、ファルコン9の存在が、ロケットの標準価格というものの概念を大きく引き下げたこと、そしてその価格が、アリアン6の「アリアン5の半額に」という指標になったことは間違いないだろう。また、顧客が「より安価に、より短い期間で打ち上げられるように」と求めているのにも、ファルコン9のもつ価格の安さと、1~2週間の間隔で打ち上げ可能な能力が影響していることも間違いない。一方、ロケットの信頼性、これまでの実績、失敗時の保険の手厚さなど、アリアンにあってファルコン9にない要素も数多くあり、それがファルコン9の受注活動に影響を与えていることもまた間違いなく、その結果が、ファルコン9が登場してもなおアリアンスペースが業界トップにいることとして現れていると見える。

2020年以降のロケット業界がどうなっているのか、予測するのは難しい。ファルコン9が他の打ち上げと並行して、商業打ち上げ市場をも席巻するかもしれないし、あるいはまったく別の企業が出てくるかもしれない。しかし、業界の勢力図や衛星のトレンドがどうなるにせよ、引き続き欧州のロケットの自立性と、それ維持するために必要な商業打ち上げにおいて顧客のニーズに対応できるよう、欧州のロケット界は明晰で、そして合理的なコンセプトをもち、解決手段を用意しつつある。

【参考】

・Arianespace Japan Week 2016: Arianespace fetes 30 years of success in Japan - Arianespace
 http://www.arianespace.com/press-release/arianespace-japan-week-2016-arianespace-fetes-30-years-of-success-in-japan/
・Arianespace Japan Week 2016: Arianespace fetes 30 years of success in Japan - Arianespace
 http://www.arianespace.com/press-release/arianespace-announces-profit-for-2015-reflecting-the-maturity-of-its-launcher-family/
・Ariane 6 / Launch vehicles / Launchers / Our Activities / ESA
 http://www.esa.int/Our_Activities/Launchers/Launch_vehicles/Ariane_6
・Ariane | PROMETHEUS engine, an evolution towards European launch systems
 https://ariane.cnes.fr/fr/moteur-promethee-une-evolution-vers-des-systemes-de-lancements-europeens-tres-bas-cout