ドワンゴは3月26日、オープンソースの2Dアニメーション制作ソフト「OpenToonz」(オープン トゥーンズ)の無償配布を開始した。本稿では、同日、東京都・有明の東京ビッグサイトで開催された「AnimeJapan 2016」のクリエイションステージにて行われた、同ソフトについての説明会「アニメーション制作ツールのオープンソースプロジェクトについて」の様子をレポートする。
このたび公開された「OpenToonz」は、元々はイタリア・ローマのDigital Video社が独自に開発していたアニメーション制作ソフト「Toonz」をドワンゴが買収し、同ソフト最新版(Toonz ハーレクイン7.1)をもとに、長年Toonzを利用してきたスタジオジブリが制作スタイルに合わせてより使いやすくカスタマイズした「Toonz Ghibli Edition」に追加し、さらに画像処理エフェクトのプラグイン機能を搭載したオープンソースのアニメーション制作ソフトだ。
Toonzは日本のアニメ制作会社「スタジオジブリ」が1995年、『もののけ姫』の一部のカットで使用されて以降、ほぼすべてのスタジオジブリ作品で、仕上げ、色指定、撮影の工程(手描きの絵をスキャンするところから、最終的な画面を組み上げるところまでの各工程) で使われてきたという。さらに、『借りぐらしのアリエッティ』以降は「Toonz Ghibli Edition」を使用しているという。
OpenToonzは、誰でも無料で利用でき、かつ自由にコースコードを改変できるオープンソース(修正BSDライセンス)として無償公開された。また、「画像処理用エフェクトを追加できるプラグイン」を開発するためのSDK(開発ツール)の配布も同時に開始された。
今回、ドワンゴが「OpenToonz」を公開した経緯について、同社の技術コミュニケーション室 室長の清水俊博氏は、「映像表現を『学術的な研究』と『アニメーション制作』をつなぐプラットフォームにできないか」との考えからだという。同社は「研究開発にコストを費やすアニメ制作会社は少ないが、OpenToonzを利用することによって、研究者は自らの研究成果を取り込めるプラグインを制作・提供し、それをアニメ制作会社が利用するというサイクルを構築できる」と考え、「ひとりでも多くの人に使って欲しい」という願いから、同ソフトの無償提供を決めたことを明かした。
また、前述したようにOpenToonzには、画像処理用エフェクトを組み込んで利用できるプラグインを開発するためのプラグインエフェクトSDKが用意されている。今回の説明会では、ドワンゴの研究チームが開発した「ディープラーニング」の技術を応用して「雲の写真」と「プロによる雲の作画」をもとに、写真に対してその"画風"を適用するプラグインエフェクトと、ケレン味のある入射光を生成するエフェクトが例として紹介された。こうしたプラグインを作映像表現の研究者が開発・公開し、アニメ制作会社やユーザーは自由に追加して利用することができるのだという。
なお、OpenToonzの操作環境はWindows、OS Xに両対応。Webサイトから無料でダウンロード可能。誰でもソースコードを改変でき、派生物のソースコードは公開不要。商用非商用問わず利用可能な「修正BSDライセンス」での提供となっている。
続いて、OpenToonzプロジェクトの開発メンバーのひとりである東京大学大学院情報学環助教 岩澤駿氏が、その詳細を紹介した。ちなみに同氏は、一昨年の3月までスタジオジブリのプログラマを務め、「OpenToonz」の基となった「Toonz」のカスタマイズを担っていた人物だ。
OpenToonzは、アニメーション総合制作ツールとしてデジタル作画から撮影まで各工程をカバーしているが、スタジオジブリでは「仕上げ」、「色指定」、「撮影」で「Toonz」を使用しており、その前の工程である「作画」はアナログで紙に鉛筆で描き、背景も画用紙にポスターカラーで描いているため同ツールは使用していないという。岩澤氏によれば、スタジオジブリでは紙に描かれた作画のスキャンには、自社開発した「GTS」を使用しているという。このGTSも今回、無償で公開された。
OpenToonzの特長として岩澤氏は、スタジオジブリでの使用実績があること、オープンソースで公開され商用・非商用問わずに無料で利用できること、ローカライズ済みであること、ラスター/ベクターの両方の作画形式に対応している点を挙げた。一方、GTSについては、連番スキャンに特化していること、白黒/カラー2値化のスキャンも可能なこと、スキャン時の詳細な設定を保存でき、撮り直しの際に作業を再現できることなどをアピールした。
また、OpenToonzとGTSは、どちらも公式サイトより誰でも無料でダウンロード・インストールして利用できると紹介。Windows版とMac版が用意され(GTSはWindows版のみ)、推奨動作システムは、Windows版がWindows 7/8.1/10(64bit必須、Windows 7はsp1必須)、Mac版がOS X 10.9以上。同サイトでは、OpenToonzの導入~仕上げまでを日本語で解説した「スタートマップマニュアル」とGTSマニュアルが配布されている(全体のユーザマニュアルやチュートリアルビデオも近日公開予定)。
最後に、スタジオジブリ エグゼクティブ イメージング ディレクターの奥井敦氏は、ジブリがToonzを導入した当初のことを語ってくれた。奥井氏によれば、デジタル技術を用いるとことは『平成狸合戦ぽんぽこ』や『耳をすませば』で既に実施していたという。当初は外部の制作プロダクションに作業を依頼していたが、これが映像制作に使えるという判断をし、スタジオ内にCG制作部を設け『もののけ姫』を制作したという。CGは主に背景を動かす作業で使用していたが、「アニメーターが描いたキャラクターをどうようにデジタルに持っていくのかを考え、CGカットに関しては仕上げもデジタルでやってみようという話になった」という。セルペイントとフィルム撮影で仕上げたカットの中にデジタルで制作したものを混ぜたときの違和感があってはならないことと、20年以上前の当時のコンピュータ環境で、映画クォリティのアニメーションをストレスなく作業する必要があることから、3つのツールの候補の中からToonzを採用したということだ。
その後の『となりの山田くん』以降は、Toonzによる全編フルデジタル作業に移行したということだ。Toonzのバージョンアップ時にベクター描画の機能が導入されたが、ジブリではベクターは使わずにビットマップで作業していきたいという思いがあり、Toonzをジブリの社内でカスタマイズすることになったという。奥井氏は今回OpenToonzに盛り込まれた「Toonz Ghibli Edition」について、「長編アニメーション制作に特化されているので、一般的なアニメ制作スタジオが使うには少々ハードルが高い」という思いがあったとしながらも、「今回オープンソース化されたことで敷居が下がり、皆さんに使いやすくなると信じています」と語った。また、「一般的に使われているツールと比べると、エフェクト系が弱いというのは認めざるを得ませんが、今回のオープンソース化によるプラグイン強化が重要」だとし、「是非、OpenToonzで新しい表現を開発して頂ければと思います」と述べ、セミナーを締めくくった。