新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は1月14日、東京大学、産業技術総合研究所(産総研)、東レ、帝人、三菱レイヨン、東邦テナックスとともに、炭素繊維の製造手法を改良し、従来プロセス比で製造エネルギーとCO2排出量を半減させつつ、生産性を10倍に高めることを可能とする新たな製造プロセスの開発に成功したと発表した。
ポリアクリロニトリル(PAN)系炭素繊維は1959年に日本で発明されたもので、その強さは鉄の約10倍であり、かつ重さは1/4という特長がある。一方、製造プロセスとして、PANを空気中で加熱することにより酸化させ耐熱性を付与(耐炎化)させ、さらに高い熱を加え炭化させる必要があり、この耐炎化が一度に大量のPANを処理するボトルネックとなり、1ラインあたりの生産量は年産で2000トンが限界とされてきた。
一方で、炭素繊維は日本発祥の技術であり、日本企業のシェアは65%程度と高く、かつその特性から自動車を中心としたさまざまな市場での応用展開に向けた期待が高く、そうしたニーズに応えるためのさらなる低コスト化技術の開発が求められていた。今回の研究プロジェクトはそうしたニーズに応えることを目指して進められているものとなる。
研究統括者である東京大学 大学院工学研究科の影山和郎 教授は、「現在、世界中で低コスト化に向けた研究が進められているが、その大半が低コスト化を実現するためには炭素繊維の性能を犠牲にする必要がある、という視点に立ったものであり、実際に欧米での研究は引張弾性率170GPa、引張強度3GPa未満といった値で、市販の炭素繊維の性能におよばないものであった。しかし、今回のプロジェクトでは、市販されている炭素繊維の下限程度の性能を目標に進められており、その第一歩が踏み出せた」とする。
具体的には、現行方式の最大の足かせとなっていた耐炎化工程そのものを不要にする新規前駆体「溶媒可溶性耐炎ポリマー」を開発。同ポリマーは衣料用に用いられている安価なPANが原料ながら、工業製品に匹敵する引張弾性率240GPa、伸度1.5%(強度3.5GPa)の炭素繊維を製造することに成功したとする。また、同ポリマーに溶解促進剤と酸化剤を添加することで、耐炎化反応が液中で起こるため、従来の加熱工程(安定化工程)を行わずに紡糸が可能となったとする。
さらに、耐炎化工程後の炭素化工程も従来工程のような高温炉を用いるのではなく、大気圧下でマイクロ波による加熱を数分程度行うだけで終了するほか、同じく大気圧下でのプラズマを用いた表面処理により、従来の表面処理工程比で約50%のエネルギー削減の実現ならびに極短時間処理でのマトリックス樹脂との接着性向上を実現したとする。
「今回の技術開発により、製造に対するアプローチが変化する。そのため、これを基に、より高性能な炭素繊維や新機能を有した炭素繊維の研究も可能になった」(影山教授)としており、すでに前述の新規前駆体のほかに耐炎化PANの1.5倍の炭素化収率が可能な「溶媒可溶性芳香族ポリマー」も開発、市販のPAN系炭素繊維と同等の引張弾性率と、2倍以上の単糸直径を持つ太経炭素繊維の製造が可能であることを確認したとする。今後、同研究プロジェクトでは、量産性と低コスト化のさらなる実証に向けたベンチプラントでの実証試験を行っていく計画とするほか、炭素繊維のさらなる高強度化や太経化による生産効率の向上、新たな機能の探索などを平行して進めていく予定としている。