顔を認識している時の人間の脳活動を機能的磁気共鳴画像法(fMRI)で詳細に調べ、逆さまの顔を正確に認知することが大変困難になる理由を、生理学研究所(愛知県岡崎市)の松吉大輔(まつよし だいすけ)研究員(現・東京大学特任助教)、柿木隆介(かきぎ りゅうすけ)教授、定藤規弘(さだとう のりひろ)教授らが突き止めた。脳のネットワークの解明を深め、人の顔が覚えられないといった脳機能障害の相貌失認の治療などに道を開く成果といえる。3月11日付の米科学誌The Journal of Neuroscienceに発表した。
人間は、顔が逆さまになっていると、正確に認知できない。これは倒立顔効果として心理学では以前から知られていたが、その仕組みは謎だった。研究グループは、成人の男女計20人に、約200人の正立顔と倒立顔の写真を見せて、脳の活動をfMRIで測定した。顔認知機能は通常、他の物体認知機能とは独立して、右脳側頭葉の1センチ立方ほどの狭い部位が担っている。今回の研究で、正立顔を認知する場合は、脳の顔認知部位が活発で、周辺の物体認識の脳部位が抑制されていた。これに対し、倒立顔ではこの抑制が行われず、「顔か物体かわからない」あいまいな状態になることを確かめた。
つまり、顔認識に不要な部位を抑制して、必要な部位だけを活動させるようにすることが、正常な顔認識にとって必要であることを世界で初めて明らかにした。逆さまの顔では、その周辺の物体を認識する神経細胞も同時に活動し、正常な認識を妨げていることがわかった。顔の認知は言語の認知と同様に、人間が社会生活を送る上で非常に重要な脳機能で、その仕組みの解明に一歩進んだ。
柿木隆介教授は「今回の研究で、顔処理を行う脳部位のみならず、従来は顔認識に本質的ではないと考えられてきた脳部位をどのようにコントロールするかが、正常な顔認識に重要であることがわかった。人が正常な顔を認知しやすい理由も、脳の顔認知センターだけがシャープに動いているからだろう。相貌失認などの顔認識に障害のある疾患では、この脳ネットワークがうまく働いていないことが要因となっている可能性が考えられる。今後、その点も確かめたい」と話している。