コケ植物の光合成反応を担う光化学系タンパク質を解析して、光エネルギーの伝達を制御するコケ特有の集光アンテナ調節の仕組みを、理化学研究所光量子工学研究領域の岩井優和(いわい まさかず)客員研究員と中野明彦(なかの あきひこ)チームリーダーらが初めて解明した。コケは緑藻と陸上植物の中間に位置する植物で、植物の上陸という大進化の跡をうかがわせる結果もわかった。1月19日付の英科学誌ネイチャープランツのオンライン版に発表した。

図1. 集光アンテナ(LHC)タンパク質と光化学系(提供:理化学研究所)

光合成は植物の葉緑体で行われる反応で、葉緑体内部にある脂質二重膜のチラコイド膜に存在する光化学系Ⅰと光化学系Ⅱが、集光アンテナタンパク質から運ばれた光エネルギーを消費して、エネルギー生産を行っている。それぞれの光化学系の反応効率を高めるため、集光アンテナが光エネルギーの供給量を調節している。集光アンテナはこれまで、緑藻と陸上植物で盛んに研究されてきたが、コケでの研究が進んでいなかった。

図2. ヒメツリガネゴケの光化学系Ⅰ複合体の集光アンテナ調節機構。ヒメツリガネゴケ特有の集光アンテナであるLhcb9は分子量の大きい光化学系Ⅰ複合体と物理的に結合している。Lhcb9が吸収した光エネルギーは効率良く光化学系Ⅰ複合体へ伝達される(左)。また、Lhcb9は分子量の大きい光化学系Ⅰ複合体が過剰な光エネルギーを吸収した際に、他の集光アンテナタンパク質を分離し、光エネルギーの伝達量を調節している。(提供:理化学研究所)

図3. チラコイド膜に含まれる光化学系タンパク質の分離。シロイヌナズナ(陸上植物)、クラミドモナス(緑藻)、ヒメツリガネゴケ(コケ植物)のチラコイド膜に含まれる光化学系タンパク質などをショ糖密度勾配超遠心法により分離精製した。シロイヌナズナには分子量が小さい光化学系I複合体のみ(矢印)が存在し、クラミドモナスには分子量が大きい光化学系I複合体のみ(矢じり)が存在しているが、ヒメツリガネゴケには、2つとも存在していることが分かる。(提供:理化学研究所)

図4. 光化学系Ⅰ複合体とLhcb9との進化的相関図(提供:理化学研究所)

研究グループは、進化的に緑藻と陸上植物の間に位置するコケ植物のヒメツリガネゴケ(コケ植物のモデル生物)のチラコイド膜を生化学的手法によって解析した。その結果、ヒメツリガネゴケのチラコイド膜には、陸上植物型と緑藻型の2種類の光化学系Ⅰ複合体が存在することがわかった。また、ヒメツリガネゴケにのみ存在が確認されているLhcb9と呼ばれる集光アンテナが、緑藻型光化学系Ⅰ複合体の形成に重要であることも確かめた。

ゲノム情報が公開されているすべての光合成生物の集光アンテナとの進化系統関係を調べたところ、ヒメツリガネゴケが持つLhcb9は、その元となる遺伝子を自らの祖先ではなく、緑藻の祖先から水平伝播によって獲得していたことが浮かび上がった。

さらに、過剰な光エネルギーを吸収した際に、このLhcb9は分子量の大きい光化学系Ⅰ複合体から他の集光アンテナを分離する役割を果たしていることも突き止めた。Lhcb9は光化学系Ⅰ複合体の光エネルギー吸収量を高めるだけでなく、光エネルギーの伝達量の調節も行っていることがわかった。

陸上植物型と緑藻型の2つの光化学系Ⅰ複合体を持つことの意義として、研究グループは「植物が水中から陸上に進出する際の劇的な環境変化の中で、2つの光化学系Ⅰ複合体を持つことで、エネルギー生産を助けていた可能性がある」という仮説を提唱した。

岩井優和客員研究員は「ヒメツリガネゴケの光化学系Ⅰの集光アンテナの詳しい仕組みがわかったのは初めてで、Lhcb9と呼ばれる集光アンテナが水平伝播で緑藻の祖先から獲得していたことが分かったのは意外だった。モデル植物以外の多様な植物の集光アンテナを研究することで、まだ見つかっていない光エネルギーのアンテナ制御機構が見つかるかもしれない」と話している。