がん細胞を取り囲む細胞群の「がんニッチ」を制御するタンパク質を突き止め、B型慢性肝炎の経口治療薬のプロパゲルマニウムが「がんニッチ」の形成を拒んで、がん転移を強く抑えることを、九州大学生体防御医学研究所の中山敬一(なかやま けいいち)主幹教授らがマウスの実験で見いだした。がん転移予防の新しい戦略につながる成果として注目される。1月2日付の米科学誌Journal of Clinical Investigationに発表した。
がん細胞の周囲には、血液由来の線維芽細胞や単球細胞から構成される「がんニッチ」と呼ばれる細胞群が存在し、がん細胞の増殖や転移を積極的に手助けしている。がん治療では、がん細胞だけでなく、「がんニッチ」も同時に消滅させる必要がある。しかし、どのような仕組みで「がんニッチ」が形成されるか、あまりわかっていなかった。
Fbxw7はがんで多く変異が見つかっているタンパク質で、細胞の増殖を抑制する効果がこれまでに知られていた。研究グループは、新たにがんニッチにおけるFbxw7の機能を調べた。体質的にFbxw7量が高い人と低い人がいる。乳がん患者の血液細胞を調べ、Fbxw7の発現量が低い人はがんが再発しやすいことを発見した。
また、ヒトと同じように、マウスで遺伝子を破壊してFbxw7の量を下げると、「がんニッチ」が増大して、移植したヒトの各種のがんが肺に転移しやすくなり、すぐに死ぬことを確かめた。このタンパク質が低い状態では、がんの周囲にいる線維芽細胞から、CCL2と呼ばれるタンパク質が過剰に分泌されて、がん細胞の周りに単球細胞を異常に呼び寄せて、「がんニッチ」を作り上げていることがわかった。
このCCL2の働きを止めるために、その阻害剤のプロパゲルマニウムをマウスに投与したところ、単球細胞の集積がみられなくなり、転移先でのがん細胞の増殖が抑えられた。この薬はB型慢性肝炎治療に1994年に承認されてから使われている既存薬で、研究グループは「早い時期に臨床試験を進めたい」としている。
中山敬一主幹教授は「この基礎研究で『がんニッチ』形成の仕組みの一端が明らかになり、その研究を通じて、既存薬の転移抑制の効果が浮かび上がった。新薬開発には膨大な資金と長い年月がかかるなかで、既存薬の適応拡大が見直されている。その意味でも、がん転移抑制の薬の候補として検討に値する」と話している。