8月にコミックマーケット86で気球型Wi-Fiスポットを打ち上げたソフトバンク。元々は災害対策用に開発された気球無線中継システムを改良したものだが、今回は災害対策用の気球をこれまでの3G(W-CDMA)から、最新の通信規格である4GのLTEに対応させた。11月に宮城県の本吉郡南三陸町で行われた実証実験の様子をお伝えしたい。

災害時に携帯が利用できるように

携帯キャリア各社は東日本大震災を契機として、災害時でも電波が途切れない環境作りを強化している。

例えば、各キャリアがそれぞれ自衛隊方面隊と防災協定を締結(KDDIの防災協定レポート)。大規模災害時に通信機材の貸出を自衛隊に行うほか、携帯キャリアも通信手段の確保のために基地局が深刻な被害を受けた際に、人命に影響しない形での修理援助や可搬型基地局の運搬協力が行われる。

また、NTTドコモやKDDIは太陽光発電システムを組み合わせた"グリーン基地局""トライブリッド基地局"などの電源が途絶えない基地局化も進めている。

事業者がそれぞれ独自に動いている災害対策もあれば、互いに協力し合う災害対策もある。それが「災害用統一SSIDの運用」だ。携帯キャリア各社はそれぞれのユーザー向けにどこでも快適な通信環境を提供できるように公衆無線LANサービスを用意している。通常時は契約携帯キャリアのWi-Fiスポットしか利用できないが、災害時に「00000JAPAN」という共通のSSIDを提供することで、非常時の通信手段を確保できるようにしている。

LTE対応で基地局がスリム化

話が少しそれてしまったが、こうした取り組みの中でも異彩を放つのが、この「気球無線中継システム」だ。

このシステムは、通常の移動中継基地局などと比較しても短時間で実運用ができる。これは、無線中継(レピーター)であるため、装置構成が勘弁で済むからだ。また、中継アンテナを移動中継基地局よりもはるかに高い位置に係留できるため、比較的大きなサービスエリアも確保できるという。

例えば、多くの鉄塔型基地局が40m程度の高さであるのに対して、移動中継基地局は10m程度となり、セル半径は1/2程度まで狭まってしまう。一方で気球基地局は100mの高さにアンテナを係留できるので、セル半径は鉄塔型基地局の約1.8mまで広がる。

こうした「災害時に基地局が正常に作動しなくても何らかの方法で携帯エリアをカバーする」という取り組みはNTTドコモやKDDIも行っている。しかしながら、ソフトバンクが公開した取り組み例の比較写真を見ていても、明らかに1つだけ趣きが異なる。

今回実証実験が行われた南三陸町は、東日本大震災で津波による深刻な被害を受けた地域。こういった環境では、KDDIの海上基地局やソフトバンクの気球基地局が迅速なエリア対策を行いやすい。

KDDIの海上基地局は、海上保安庁と連携して、船舶上から沿岸部に向けて電波を放射。東日本大震災で沿岸部のエリア確保が難しかったことを受けての実験で、すでに複数の環境で実証実験を行っている。

ソフトバンクモバイル 研究本部 本部長 藤井 輝也氏

これに対してソフトバンクモバイル 研究本部で本部長を務める藤井 輝也氏は、海上基地局よりも気球基地局の方が安定したエリア構築ができると胸を張る。

「気球基地局のメリットは、海上の状態に関係なく、上空まで高くアンテナを上げられることにある。船舶上から放射するよりも高く、広く、安定的にエリア展開が可能となる。今回、沿岸部対策として海上(船上)における気球係留が必要と考え、実証実験にいたった」(藤井氏)

報道陣に公開した実証実験は今回が2度目。前回は3G(W-CDMA)を利用した実証実験だったが、今回は4G(LTE)対応や船上の気球係留や、これまでの実験で確認した課題の解消を目的に実験を行った。

1点目のLTE対応では、最大20MHz帯域幅を利用。従来の無線中継装置はW-CDMA専用で最大5MHz帯域幅しか利用できなかったため「LTE対応」「帯域幅の拡張」と大幅なジャンプアップを果たしている。性能向上の裏にはアナログ回路からデジタル回路への切り替えがあった。

従来の中継装置では、周波数帯域ごとにアナログフィルタを搭載。ソフトバンクに割り当てられている4つの周波数帯域のうち、最大2つの周波数帯域しか選択できなかった。しかし、今回の新しい装置では、デジタルフィルタを搭載。任意の周波数帯域幅が設定可能となり、「LTEに10MHz帯域幅、W-CDMAに5MHz帯域幅×2」「LTEに15MHz帯域幅、W-CDMA帯域幅」といった具合に帯域幅を割り当てられるようになる。

ソフトバンク 研究本部 無線アクセス制御研究課 課長 太田 喜元氏

1つのデジタル回路で様々な周波数帯域に対応できるため、使用周波数帯域の組み合わせが異なっても柔軟に対応でき、なおかつ小型・軽量化にも成功している。

「VoLTEがまだ始まっていないため、通話用にW-CDMAの帯域を残す必要があります。しかし、最大20MHz帯域幅全てを割り当てるといったことも可能です」(ソフトバンク 研究本部 無線アクセス制御研究課 課長 太田 喜元氏)

無線中継機については実証実験にあたって割り当てられている3.3GHzの周波数帯を利用。送信出力レベルは無線中継機の親機、子機共に1Wとなっている。子機は携帯電話に対して送信出力レベルが10W。親機の重量は7.1kgだが、子機の重量はわずか3kg。以前は5kg程度だったが、先述の通りデジタル化や無線機の外郭の素材を0.5mmまで削ったほか、10Wの出力を行う中継器としては珍しい空冷を行うことで、重量を最小限にとどめられたという。

2GHz帯の無指向性アンテナを4本搭載しており、水平に配置している。無指向性である理由は「気球」だと太田氏は話す。

「気球は天候の影響を受けてしまう弱点があるため、指向性アンテナは使っていません。エリアを安定させるために、無指向性のものを利用しています」(太田氏)

迅速に気球を上げるためには

災害対策としての気球基地局では、長期間の気球係留が求められる。電波を安定的に放射するだけではなく、災害時の迅速な配備やその後の気候条件に左右されない安定性な運用の施策が必要となるわけだ。

そこでソフトバンクは、「車載係留システム」と連続使用1カ月以上、最大1年を目指した「自動着陸機能の実装」を目指した。

車載係留システムについては、実はコミケ86ですでに実用段階にあった。通常の気球基地局は、ウインチの設置作業や補助車両などの用意が必要となるため、設営までに4時間程度かかり、作業員も5人程度必要となる。

一方の車載係留システムでは、足場がすでに車両に組み込まれているため、わずか30分~1時間、設営人数は3人まで減らせられる。これらのメリットから、短時間で基地局を展開し、その後に長期係留用の気球基地局などに置き換えるといった方策が考えられる。

「気球上げる時に一番大変なのは杭を打つこと。気球を上げるまでに4時間は長すぎるため、丸ごと運んだ方がいいだろうということで、車載係留システムの話になった」(ソフトバンクモバイル 研究本部 無線応用研究課 課長 中島 潤一氏)

ソフトバンクモバイル 研究本部 無線応用研究課 課長 中島 潤一氏

この車載係留システムはコミケでも用いられた

安定運用は自動昇降が鍵

4時間かかる気球基地局のメリットは、連続使用1カ月、最大1年という高耐久性。ただし、気球の改良だけでは限界があるため、気象条件が悪い時には遠隔で昇降作業ができるようにシステムを構築した。

「風への対策として係留気球にスクープを取り付け、気球が安定して浮力を保てるようにしています。また、これまでの実証実験の成果から、気球を42立方メートルから30立方メートルへと小型化。耐風性についても最大20m/sまでは確保しています」(中島氏)

遠隔操作による昇降作業は、これまでの昇降ウインチに制御ボックスと各種センサー、カメラを備え付けることで対処できるようになった。

長期係留に必要なものはこういった各種センサー以外にも、ソーラーパネルによる発電を行い、発電機と合わせた電源リソースの冗長化を図っている。

実証実験スタート!

ここまで、大まかに技術説明を行ってきたが、恐らく「早く実物を見せてくれないとわからない」という読者の方も多いだろう。

動画で打ち上げの様子から一旦回収するまでの一連の動きを撮影したので、ご覧いただきたい。

100m打ち上げるまでにかかる時間は約10分。つまり、4時間程度の作業時間の多くは現場の安全確保のために費やされるわけだ。

また、60m以上気球を上げる場合は、飛行機などとの接触事故を防ぐために赤旗を掲げる必要があるという。

天候の影響を大きく受ける気球だが、風が大きく吹いたとしても、スクープのお陰で安定して上空にとどまっていられる。ただし、ある程度風に流されるため、常時100mの高さを保てるわけではなく、数十mの上下移動(正確には地上とケーブルで繋がっているため、斜め移動する)が起きる。

ただ、この風の影響も「山間部ほどではない」と中島氏は言う。山ではダウンバーストと呼ばれる山頂からの強い吹き降ろしが気球を襲うのだが、海岸付近では悪天候時を除くと一定方向に安定した風が流れ、横にすーっと抜けていくだけなのだという。

天候といえば「雨」もある。「雪」の方が大変なのでは……?と思われるかもしれないが、雪は気球の形状や風による揺れから、積もることなく下に落ちるため、あまり影響がないのだという。一方で雨は気球に浸透するため1kg程度重量が増してしまう。重量管理も気球の敵だと中島氏は話している。

敵は天候だけではない。野生動物たちも敵となりうるのが実情だ。例えば、山間部で行ってきた実証実験では、気球には直接関係のない地上部のケーブルが狙われた。何らかの野生生物が電源ケーブルをかじり、問題を起こしてしまったのだという。その後、対策を施したのだが、海岸付近では「鳥」が天敵となった。

「鳥にとって、ちょうどいい休憩所のようで、気球の上によく止まります。ただ、鳥の爪は鋭く、止まるだけで皮膜を破いてしまうこともあるので、そういった監視・対策も必要だと思っています」(中島氏)

着陸装置のエアチューブ

離陸した気球基地局

気球に搭載している無線機装置

アンテナは風による動きに耐えられるようバネで傾斜角を安定させる

タブレットで昇降操作が可能に

動作しているかどうかランプで確認できる

ソーラーパネルで電源の冗長化を図る

車載型気球基地局も

こちらは海上で打ち上げ

船はそれほど大きくないものでも抑揚できるという

当日は快晴だった南三陸町

遠くに見える2基の気球基地局

制御ボックス

気球用ウインチ

様々な機器類を通してケーブルを巻き取っている

実証実験時にスマホで接続した様子

2基で湾内周辺をカバー。船上固定型の基地局とは異なり、100m級の高さを誇るため、リアス式海岸が多い東北沿岸でも、山の上でも電波をつかみやすくなるという

実験用周波数帯域を利用しているため、無線免許を個別に取得していた