脳の中で神経細胞の軸索がどう伸びていくかは神経科学の大きなテーマだ。その分野で重要な成果が出た。マウスの脳の発生過程で、情動や記憶の制御に関わる扁桃体の神経細胞の軸索同士が接触を介して伸長運動を支えていることを、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(神戸市)の竹市雅俊センター長と林周一研究員らが見つけ、その仕組みを分子レベルで解明した。情動などの脳の高次機能を生み出す神経回路の形成を探る新しい突破口になりそうだ。米科学誌Developmental Cellの9月29日号に発表した。

図1. 神経細胞の軸索の構造(提供:理化学研究所)

動物の脳の発生過程では、神経細胞が軸索と呼ばれる突起を伸ばし、別の神経細胞の樹状突起との間でシナプス結合をつくり、神経回路を形成する。それぞれの軸索は脳内の決められた経路に沿って伸長し、別の神経細胞に到達する。この過程で、同じ種類の神経細胞の軸索が束を形成しながら伸長することが知られている。しかし、隣り合う軸索の間でどのような情報のやりとりが行われているのかは謎だった。

図2. 扁桃体から視床下部方面への軸索経路の例。脳の縦断面(左図)と横断面(右図)。 Pcdh17がマウスの扁桃体から視床下部方面へ伸びる軸索上に存在することが分かった。(提供:理化学研究所)

図3. プロトカドヘリン17を欠損した神経細胞(右)で伸長が阻害される軸索(提供:理化学研究所)

図4. プロトカドヘリン17の強制発現(右の緑色)による軸索伸長パターンの変化(提供:理化学研究所)

研究チームは、細胞同士の接着に関わる分子、カドヘリンスーパーファミリーに属するプロトカドヘリンの機能を調べてきた。その中で、プロトカドヘリン17(Pcdh17)が、マウスの扁桃体から視床下部方面へ伸びる軸索上に存在することに着目し、Pcdh17が軸索の伸長を制御しているのではないかと考えた。Pcdh17遺伝子を欠損させたマウスを作製し、その脳を観察したところ、扁桃体からの軸索の伸長が阻害されていることがわかった。

一方、Pcdh17を発現していない扁桃体の神経細胞にPcdh17を外部から強制発現させると、軸索の束の形成パターンが変化して、集団で伸びるようになった。またPcdh17は、軸索同士の接触部位に、細胞骨格の1つであるアクチン線維の形成に必要な複数の分子を集結させ、軸索の伸長運動を支えていることを見いだした。これらの結果から、扁桃体の軸索同士が互いに伸長運動を支えながら集団で伸長すること、その制御のためにPcdh17が重要な役割を果たしていることが明らかになった。

研究グループの林周一さんは「カドヘリンは1980年代に竹市雅俊センター長が発見した細胞接着因子で、それから研究が広く発展してきた。扁桃体は情動に基づく記憶の制御に重要で、マウスでは嗅覚からの情報を基に生殖行動や防御行動を制御することが報告されている。Pcdh17を含むプロトカドヘリン群は、自閉症や統合失調症、また女性のみに起こる特殊なてんかんの原因遺伝子であることが知られている。今回の研究は、ヒトの脳神経疾患の理解を深めるのにも役立つだろう」と話している。