慶應義塾大学(慶応大)は、乳がんの術前抗がん剤治療に関する複数の臨床試験を対象として、使用される薬剤の組み合わせについての比較検討を行い、最も有効性かつ安全性に優れた治療法を明らかにしたと発表した。

同成果は、同大医学部外科学(一般・消化器)教室の北川雄光 教授らによるもの。詳細はの研究グループは、医学雑誌「Journal of the National Cancer Institute」電子版に掲載された。

乳がんが判明した患者は基本的に手術が施されるが、その手術前に抗がん剤治療を行うことで、がんの大きさをできる限り小さくし、乳房の形状変化を最小限に抑えることが行われている。近年、この術前抗がん剤治療のみで、乳がん細胞が完全に死滅する現象(病理学的完全奏効)が認められるようになり、そうした患者は、再発率が著しく減少することに報告されるようになっていた。

乳がんは、薬剤に対する反応性などにより複数の病態に分類され、それぞれ悪性度や治療法が異なる。乳がん全体の20%を占めると言われる「ヒト上皮細胞増殖因子受容体2(human epidermal growth factor receptor 2:HER2)」陽性乳がんでは、従来は他の乳がんと比較して、再発率および死亡率が高いとされていたが、近年、分子標的治療薬「トラスツズマブ」を、以前から使用されてきた抗がん剤と併用することで、高い治療効果を発揮することがわかってきたほか、トラスツズマブの他にもHER2タンパクを標的とするラ新たな分子標的治療薬が開発されるようになり、逆に、手術前治療として、どの薬剤をどのように組み合わせて使用することが、最も有効かつ副作用の発現が少ないのかが、不透明となっていた。

そこで研究グループでは、統計学的手法である「ネットワークメタ解析」を、すでに行われた複数の臨床試験結果に行うことで、最適な組み合わせの探索を行ったという。具体的には1047件の論文から、HER2陽性乳がんに対する術前抗がん剤治療を扱った、合計2247人の患者を含む、10種類の臨床試験を対象として、解析を行ったという。

その結果、有効性の指標である病理学的完全奏効と、安全性の指標である治療完遂率・副作用(下痢・好中球減少)・心毒性・皮疹について、従来抗がん剤のみと、それと分子標的治療薬(トラスツズマブ、ラパチニブ、ペルツズマブ)の7種類の組み合わせにおいて、抗がん剤のみに比べ、現在の標準治療である「抗がん剤+トラスツズマブ」が治療法として最も優秀ではないものの、効果と副作用発現のバランスがとれた、優れた治療法であることが判明したとする。

なお、研究グループでは、今回の研究をもとにした新しい臨床試験の遂行・検討がなされることで、日本においても将来的に有効性および安全性に優れた適正な薬剤選択が、HER2陽性乳がん患者に対して行われることが期待できるようになり、それにより治療による副作用を増加させることなく、再発率および死亡率を抑えることができるようになることが期待されるとコメントしている。

今回の研究の解析を7種類すべての治療法の組み合わせについて解析し、視覚化したもの。数値が0(赤)に近づくほど治療法としては劣っていると考えられる