東京大学は7月9日、分子の機械的な運動を可視化するビーズプローブ光学顕微鏡1分子運動計測法(1分子モーションキャプチャ法)を1nmサイズの人工分子マシンに適用し、その回転運動を"見て、触る"ことに成功したと発表した。

同成果は、同大大学院 工学系研究科 応用化学専攻の野地博行教授、池田朋宏特任研究員、塚原隆博修士(当時)らによるもの。自然科学研究機構 岡崎統合バイオサイエンスセンター/分子科学研究所の飯野亮太教授、物質・材料研究機構 高分子材料ユニット 有機材料グループの竹内正之グループリーダーと共同で行われた。詳細は、ドイツ化学会誌「Angewandte Chemie International Edition」に近日掲載される予定。

従来、1分子モーションキャプチャ法は生体内でエネルギー変換を行う分子(生体分子マシン)の機能を解明するために考案された手法である。生体分子マシン1個を"見て、触る"ことができ、運動の方向性や1歩で進むサイズ、発生する力など、この方法でしか解らない多くのことが明らかになるため、人工的に作製した分子マシン(人工分子マシン)でもこの計測が用いられるようになることが待たれていた。しかし、生体分子マシンの大きさは10nm程度であるのに対し、人工分子マシンの大きさはその1/10の1nm程度であるため、同手法をそのまま適用するのは困難だった。

今回、研究グループは、1分子モーションキャプチャ法をさらに改良し、光学顕微鏡で可視化できる直径200nmのビーズを用いて1nmサイズの人工分子マシンで、分子内の2枚の板状部分がホイールのように回転するダブルデッカーポルフィリン1分子の運動を記録した。そして、従来の手法を見直し、人工分子マシンが小さいために生じる固定化反応の効率の低下やビーズと基板の相互作用などを改善する工夫を行うことで、同手法の適用できる範囲を広げた。さらに、ビーズに外力をかけることで分子1個の運動を操作することにも成功した。1nmという大きさは生体や人工の分子マシンの最小サイズであるため、同手法を用いることでどのような分子マシンの動きも可視化することができるようになる。人工分子マシン1個の振る舞いを"見て、触り"ながら性能評価できるこの手法は、人工分子マシンの目標の1つの"力を発生して運動する人工分子モータ"の実証に適用できる現在唯一の方法である。今後、例えば、光で駆動する人工分子モータを作製し、生体分子モータと接続することによって、生体のさまざまな化学反応を光で操作できるテーラーメイドなエネルギー変換技術が可能になることが期待されるとコメントしている。

1nmの人工分子マシンに対するビーズプローブ光学顕微鏡1分子運動計測法(1分子モーションキャプチャ法)の概念図

ダブルデッカーポルフィリンを介して基板に結合したビーズの模式図。実験ではビーズの運動を高速CCDカメラで記録した