ヒトと異なるロボットの歩行原理

それから、ASIMOをはじめとするロボットは膝を曲げた、ロボット独特の歩き方をするわけだが(画像8)、これらに受動歩行をさせてもっとヒトに近い形で歩かせるのは可能かどうかを尋ねてみたところ、構造的に足の付け根やヒザ関節にもサーボがあって、高減速比のギア(ハーモニックドライブ)が組み込まれているので、単にサーボを稼働させないというだけでは脱力せず、足の付け根とヒザを支点とした2重の振り子の動きは生じないという。よって、クラッチを組み込むなどして一度、動力伝達をカットする仕組みを設けないとダメだろうというが、そのクラッチがまた機構的に複雑な場合もあり、なかなか難しいようだ。

画像8。ロボットはヒザを曲げて立ち、歩く時もヒザを曲げているのが定番

ヒトはいうまでもなく筋肉を使って体を動かしているわけだが、ロボットと違って関節そのものが駆動するわけではないので、力を入れるととても大きな出力を出せるが、その一方で脱力させるとブラ~ンとさせることができる。もしこういう駆動系を作ることができれば、モードを切り替えるようにしてロボットにも受動歩行を採り入れられるだろうという。

となると人工筋肉系が注目されるわけだが、現状、出力と反応速度の面から実用化されているのは空気圧式人工筋肉しかない(画像9)。ただし、残念なことに生物の筋肉と比べてしまうと出力や反応、サイズの面でそこまでは至っておらず、筋肉で駆動させるような自立した2足歩行ヒューマノイドロボットを作るのはまだまだ難しそうである。空気圧式人工筋肉を使ったロボットには、現状、東京理科大学の小林宏教授の研究室で開発されている「マッスルスーツ」などのアシストスーツはあるが(画像10)、空気圧式人工筋肉のみで構成されて自立し歩行するようなロボットはないと思われる。

ちなみに人工筋肉系のロボットとしては、現状ではワイヤーを筋肉の代わりとし、将来的には人工筋肉に置き換えることを想定して開発が進められている、東京農工大学の水内郁夫准教授の「小太郎」(画像11)という超多自由度可変柔軟脊椎筋骨格型ヒューマノイドロボットなら存在する。2005年の愛・地球博に出展されたロボットで、2020年までの長期間での開発が続けられているロボットなのだが、これなら受動歩行を採り入れやすいかも知れない。

画像9(左):東京理科大学の小林教授らが開発した空気圧式人工筋肉。画像10(中):同じく小林教授らが開発したマッスルスーツ。画像11(右):東京農工大学の水内准教授が開発した小太郎

そのほか、千葉大学の大武美保子准教授や、早稲田大学の橋本周司教授のゲルロボット(画像12・13)など、化学反応を利用した生物の筋肉によりイメージ的に近い人工筋肉系の研究も進められているが、生物の筋肉に比べると出力が小さく反応も遅いので、なかなか等身大のロボットに応用するというのは難しい。「アクトロイド-F」(画像14)のようにココロが開発している空気圧そのもので動作させているロボットもいて、とてもリアルな動きを見せるのだが、これまた自立して歩行できるかというと難しく、アクトロイド-Fのようにあくまでも座っているロボットの顔などを部分的に動作させるとか、支えのある状態で立たせている形だ(そもそもコンプレッサが必要なので、ロボット単体で独立していない)。

画像12(左):千葉大の大武准教授が開発したゲルロボット。画像13(中):早大の橋本教授のゲルロボット。画像14(右):女性型ロボットとして世界的にも有名なココロのアクトロイド-F

ちなみに受動歩行は、多くのロボットで利用されているZMP規範型歩行を否定するようなものではなく、それぞれに優れた部分のある、お互いを補完できるような関係であると、佐野教授は語る。よって、前述したようにヒトが筋肉で動作しているような、自分で自由に動かすことができる一方で、脱力させて足の付け根とヒザの両方を脱力させられる仕組みができれば、普段は受動歩行で歩いているけど、例えば何かがぶつかってくるといった外乱があった場合、ZMP規範型歩行のセンサリーフィードバックでパッとバランスを取ることで、「本当に倒れない」2足歩行ヒューマノイドロボットが作れるだろうとした。

同様に、ZMP規範型歩行の研究者などが受動歩行を受け入れていないかというと、もちろんそうではない。技術を既存の仕組みの中に採り入れるには、前述したヒザの構造のように仕組みとしてかなり異なるので、すぐさま両者のいいとこ取りのロボットを作るというのは難しいそうだが、真摯に話は聞いてくれているという。DrGueroが開発した改良型KHR-3HVは、まさに受動歩行を採り入れた改良型のZMP規範型歩行といえるわけだが、その内、こうした歩行をするロボットが増えてくる可能性もある。

それから佐野教授の研究としては、受動歩行は世界的に見て、次はサーボを取り付けるなどして、少ない動力で効率よく歩くロボット(歩行装置)を開発するという方向が主流だという。ただし、佐野教授は同じ道をたどるのは望ましくないということで、当初は、受動歩行させる歩行装置が歩くためのスロープ(正確には下り坂の角度がついたベルトコンベア)の勾配の角度をどんどん平地に近づけていく研究を進めたとした。そして前述したように、平地に近づけても歩行装置を押してあげると(外部から力を加えると)歩き続け、平地でも変わらず(動画14)、2度ほどの上り坂(動画15)でも歩き続けたそうである。動画は、前述した名工大 藤本研究室・佐野研究室共同の受動歩行に関する画像および動画掲載ページより拝借した。

動画
動画14。平地でも受動歩行する様子
動画15。傾斜2度の上り坂でも受動歩行する様子

こうした実験の1つとして生まれてきたのが、農園や砂浜などの不整地でもネコ車(1輪の手押し車)のような感覚でものを運べる輸送用具的な「キャリング・ロボット」である(動画16)。ちなみこうして受動歩行装置を後ろから押していると、歩かせにくい・やすいがわかるので、歩かせにくい場合は構造を改良したりすると歩かしやすくなり、より自然に受動歩行できるようになるという。ちなみに、ACSIVEのような歩行支援機器は、ロボットを用いて設計していると、ヒトに用いた時には歩きづらく感じるそうで、やはりヒトとロボットには同じ2本足でも差があるとしている(その改善点をロボットの脚部に反映させれば、さらにヒトに近い歩き方ができるようになるかもしれないともいう)。

動画
動画16。キャリング・ロボットの様子