高校の世界史教科書の記述内容が真の世界史観を身につけるためのものに

こうした数多くの成果が上げられたわけだが、それが研究者の間だけに留まってしまうのではあまり意味がない。一般社会へのフィードバックがなされて初めて意味をなすといっても過言ではないだろう。もちろんそうしたことは青山教授らも考えており、その代表的な1つが高校世界史教科書の改善だ。

教育基本法が2006年に約60年ぶりに改正され、学校教育法の一部が改正されたことを踏まえて高等学校の学習指導要領が改訂された。「21世紀を切り拓く心豊かでたくましい日本人の育成を目指す」という観点から、教育の新しい理念が定められたというわけだ。学習指導要領改訂後の教育課程は、2013年4月から高等学校で実施されており、高等学校の教科書が大幅に改訂されたのである。

今回の調査からもメソアメリカ文明とアンデス文明が一次文明であったことは間違いないわけで、それらの質量共に充実した記述がない状態では、「真の世界史」とはいえないといってもいいだろう。そして歴史教育への貢献と研究成果の普及は、すべての歴史研究者の重要な使命だという。

古代アメリカ学会では、青山教授を座長とし坂井教授を含むメンバーが、高等学校世界史教科書における先スペイン期のアメリカ大陸史の記述を改善するために、教科書と世界史用語集を精査して、最近の調査成果が反映されていない時代遅れの情報、誤った事実や不適切な記述の検討が行われた。

そして教科書修正案が練り上げられ、2010年8月に教科書会社9社に送付。2013年4月から高等学校の教科書が大幅に改訂された結果、世界史の新課程教科書における先スペイン期のアメリカ大陸史に関する記述は、教科書会社によって温度差があるものの、質量共に顕著に改善されたという。

山川出版社「詳説世界史」を例に挙げると、グアテマラのセイバル遺跡で前1000年頃に建造されたマヤ低地で最古の公共祭祀建築と公共広場に関する新知見が反映され、マヤ文明の繁栄が「4世紀頃から9世紀に」ではなく「前1000年頃から16世紀に」にと大幅に修正されたことは特筆に値するとする。第一学習社「高等学校世界史A」では、旧課程教科書にはなかった「ナスカの地上絵」の囲み記事が追加され、坂井教授らの研究成果が反映された(画像45)。

最も重要なことは、新課程教科書では、メソポタミア文明・エジプト文明・インダス文明・黄河文明の「四大文明」の表記が皆無になったことだとする。四大文明説は日本や中国、韓国など東アジア圏だけでのみ通じる実はローカルな歴史観で、日本では1952年に高校世界史教科書に登場した。青山教授らは、このことに対して、「世界的に見ても珍奇で時代遅れの歴史観」としている。せめて今後は、四大文明にメソアメリカ文明とアンデス文明を加えた六大文明という考え方を持つようにしようとのこと(画像46)。

また、大部分の新課程教科書では、スペイン以前のアメリカ大陸の諸文明は、ヨーロッパ人によって発見され植民地化された「敗者の文明」としてだけ付随的に語られるのでなく、「諸地域世界の形成」において主体的に登場するようになったという。筆者の世代などもろそうなのだが、西洋中心史観を歴史の授業で受けているわけで、マヤ文明をはじめとするメソアメリカ文明、アンデス文明、そして先史・原史時代の琉球列島について学ぶことは、そうしたバイアスのかかった認識からの脱却と、真の世界史観を身につけるために重要というわけだ。

画像45(左):従来と修正された教科書の文言の差異。画像46(右):世界四大文明といういい方は東アジア圏でしか通用しない。少なくとも六大文明が正しい表記だろう。

今回の公開シンポジウム「環太平洋の環境文明史~マヤ・アンデス・琉球~」では、日本の研究が世界史の発展に大きく貢献したことが示されたものとなった。今後も、機会があればこうした人文科学系のイベントも取材していきたいと思っているので、古代史などに興味を持つ人は楽しみにしていてほしい。