このたびエックスライトから、iOS、Android向けのモバイルアプリ「ColorTRUE」がリリースされた。これにより、今までの「モバイルデバイスは、色は正確に見えなくて仕方ない」という状況が一変し、「いつでもどこでも正確な色を確認することができるようになる」可能性が、より広がったこととなり、筆者もこの動きに非常に期待している。

そこで、今回は株式会社トッパングラフィックコミュニケーションズの小島勉氏に、色表現については最もシビアであろう印刷製版の立場から「ColorTRUE」についてどう見るか、お伺いした。

また、「キャリブレーション」や「カラーマネージメント」は、プロが実際どのように運用しているのかの情報が不足がちで、各種設定で迷っていらっしゃる方も多いと思う。その辺りも、カラーマネージメントに造形の深い小島氏に、出来る限り具体的な使用機種や、設定数値と、その理由をお伺いしてきたので、是非参考にしていただけたら幸いである。

株式会社トッパングラフィックコミュニケーションズの小島勉氏

――プリンティング・ディレクターとは、どんなお仕事をなさっているのでしょうか。

本を作る時に、クライアント側には色や表現など、品質に対するリクエストがありますが、それを印刷の現場に伝えながら、最終品質をコントロールするというのがプリンティング・ディレクターの仕事です。

写真集や画集などのディレクションを行いますが、私は2000年からインクジェット技術を使った作品制作をメイン業務にしています。制作に関わる色づくりをコントロールしますので、プリンティング・ディレクターとして活動しています。

――写真家 茂手木秀行さんの、画像処理の技術解説書を手がけてらっしゃるんですね。(「美しいプリントを作るための教科書(アサヒオリジナル)」)

はい。この本ではプリンティング・ディレクションと作品プリントのアーカイバルについて寄稿しています。こういった技術解説本は一見地味に見えると思うのですが、文章で書かれている通りの画像の変化が、印刷できちんと再現できなくてはいけないんです。そのため、実は一番難しいジャンルの仕事だったりします。印刷業界でプリンティング・ディレクターというと、主にこういった写真集や画集など作品性の強い仕事を担当することが多いですね。作家やアートディレクター、グラフィックデザイナーと関わることが多いです。

――印刷原稿を作る際、お客さんと色のやりとりをする中で、レタッチャー的な業務もなさっているのですか?

そうですね。CMYKに変換する前段階のRGBデータを調整したりします。ただ、私のレタッチは印刷再現に適した色の調整ですので、御園生さんのような、よりクリエイティブなレタッチとは少し異なるかもしれませんね。印刷業界出身ならではの最終出力に対する独特なノウハウが必要とされる仕事といえると思います。

――具体的なワークフローの歴史について、お話をしていきたいと思います。蜷川さんの写真集のお話で、デジタル写真と紙焼き写真の話がありました。 印刷・製版の現場でも、アナログからデジタルへの切り替わりと、その過程での色の管理方法の変化があったと思います。トッパンでは、キャリブレーションは、いつ頃から行われていたのでしょうか。

社内的には、キャリブレーション・モニターの導入は、ColorEdge(EIZO社プロ用液晶モニター)が導入された歴史とほぼリンクすると思います。 CRT(ブラウン管モニター)の時代からキャリブレーションという言葉は知っていましたが、実際の運用に対する理解も乏しかったですし、様々な課題があったように思います。当時は「Photoshop」も5.5になってないくらいの頃ですし、入稿もポジフィルムが多く、実質カラーマネジメントという考え方は今とは少し意味合いが違っていたかもしれません。その後2002年にColorEdgeが登場して、2004年から現場に導入されました。Photoshopでいうと、6からCSくらいの時期でしょうか。そこから徐々にモニターキャリブレーションが始まったという感じです。

ただ、当時はまだ、モニター上で印刷結果のシミュレーションを行なうことに関しては、大きな可能性は感じつつも「紙とモニターって難しいな」という印象でした。元々、カラーマネジメント以前からモニターと紙は合わないのが常識でしたので(笑)。私は現場の作業者ですから気楽でしたが、当時の技術開発系の方々は大変な苦労がありました。そのおかげで今、快適に作業できる環境が手に入ったわけです。

――その頃のキャリブレーションセンサーは何だったのでしょうか。

当初からX-Rite製品でしたね。当時は技術開発のサポートチームのみがキャリブレーションセンサーを持っていて、定期的にキャリブレーションを行なっていました。 ちなみに現在は「i1Publish Pro 2」を使用しています。

――キャリブレーションセンサーを導入して、メリットはありましたか?

カラーマネジメント導入前は、印刷結果との差分を読みながらレタッチを行い、実際のプリントを何度も出して色を調整していく作業でした。トライアンドエラーの多い時代でしたが、一方で画像のトーン「調子」というものを身体で覚えることができました。カラーマネジメント導入後は、トライアンドエラーの回数は劇的に少なくなりました。 後は、会社の複数のモニターの表示が統一されるメリットや、環境光を測ったり、被写体の色を直接測ってLab値を割り出したりできるメリットもあると思います。 例えば、私の仕事にある文化財のレプリカを作る場合などでは、なるべく現物に近い色を再現することが求められますが、現物は博物館から出せないことも多いので、撮影時にチャートを一緒に撮影し、そのLab値を参考にしながら現地でプリント(色確認用)を作るという方法もあります。

――環境光を測る機能は、実際どんな場面で役立ちますか。

自分の作業環境を測るためにも使うのですが、どちらかというと、お客さんの環境を測る為に使うことが多いですね。お客さんの環境照明は、必ずしも高演色性の蛍光灯でありません。3波長(さんぱちょう)の蛍光灯だったり、白色の蛍光灯だったり、様々です。 カラーマネジメントでは環境光(観察光源)を統一することが重要ですから、プリンティング・ディレクターとして、お客さんの環境を計測して、客観的な数値を示しながらアドバイスを行います。

――カラーマネージメント導入後、現在の色の確認プロセスはどんな方法が多いですか。

色の確認(=校正)は仕事内容によっていろいろなやり方がありますが、写真集や画集のような作品性の強いものは、お客様に当社まで来て頂いて、モニターをご覧頂きながらレタッチを行ったりします。その後DDCP(Direct Digital Color Proofer)で出力して紙で確認を取り印刷の仕上がりを確認することも可能です。紙への出力にはコストがかかりますので、ギリギリのところまでモニターで追い込んでいって、最後にDDCPで確認する。カラーマネジメントがきちんと運用できていると、その分色作りのほうに時間がかけることが可能になります。

――小島さんの作業環境についてお尋ねしたいのですが、カラーマネージメントを行なう際に迷う部分に「色温度、モニター輝度、ガンマ」の話があると思います。小島さんはどのような環境で作業をなさっていますか。

僕は「5000K(D50)、輝度80、ガンマ2.2」の、業界標準環境ですね。

――実は私も同じく「5000K(D50)、輝度80、ガンマ2.2」の環境なのですが、これに関しては、専門家によって推奨が完全に一致しないことも、混乱の元になっていると思ってお尋ねしました。ちなみに、どうして「輝度80」を採用してらっしゃるのでしょうか。

80cdが絶対値ではないんですよ。自分がプリントを見ている場所(観察光源)の明るさとモニターの比較が違和感なくバランスがとれていることが大事です。

数値に関しては、白色点も含め、1:業界標準に合わせるのか、2:自分のプリント評価(観察)環境に合わせるのか、3:出力する紙白を考慮して厳密に合わせるのか…、の3つの考え方があります。後者になればなるほどプリントとのマッチングは良くなりますが、反面、他の人とデータをやりとりする際の汎用性が低くなるということになります。

――この「絶対値でない」というのが、とっつきにくいと感じている方が多いような気がしていまして…。例えば、いわゆる市販の「色評価台」の下にプリントを置いた時の明るさと「輝度80」が合致する、という事実は存在するんですか?

これもいろんな考え方があって難しい部分ですね。印刷物を観察するための明るさ(照度)の規格にはISO3664:2000というものがあるんですが、これにはP1条件とP2条件のふたつがあるんですね。P1条件は2,000ルクスというとても明るい照度で印刷物同士を比較するんです。本来ならこの照度に合わせた輝度のモニターで見ることになるのですが、これを実現しようとすると600cd以上の輝度で表示できるモニターが必要になります。そのようなキャリブレーションモニターはないですね。

もうひとつのP2条件の照度は500ルクス±125の範囲内の条件に従うということが規定されているのですが、500ルクスならモニターの輝度を160cd程度にすると好ましい比較ができるとされています。ただ、160cdもカラーマネジメントモニターとしては高めですし、ColorEdgeの推奨範囲も80~120cdとされているので、その辺がとっつきにくさの要因のひとつかもしれません。

実際のプリントとモニターを比較して違和感なく観察できる現実的な設定として80cd~120cdの間で調整していくのが良いという考え方で良いと思いますが、いずれにしても汎用的にカラマネを運用するなら業界のお約束でやることが近道です。

――諸説ある中で、現場の現状を加味して割り出した「5000K(D50)、輝度80、ガンマ2.2」という訳なんですね。ではその値で一度キャリブレーションをとったとします。しかしモニターには経年変化があり、一度合わせても徐々に劣化すると言われています。キャリブレーションは、どれくらいの頻度でとるのがよいのですか。

1カ月に1回で良いと思いますよ。例えば、EIZO ColorEdgeのキャリブレーションソフトである「ColorNavigetor」の調整間隔はデフォルトで200時間になっています。200時間というと、1日あたり10時間作業すれば20日間という計算になりますね。今は内蔵センサーで自動化される機種もありますからいつでも調整済みのモニターで作業が可能ですね。外付けセンサーは自分でやらなければなりませんが、月に1回なのでがんばってやりましょう。

――ありがとうございます。モニターのキャリブレーションができたら、次はプリントとの見え方を揃えることにトライする方が多いと思います。小島さんがプリントを評価する際には、現実的にはどのような状況で見ることが多いですか。

モニター近くに色評価用の高演色蛍光灯スタンド「VITA-LITE(バイタライト)」を設置してあります。このライトは高さを変えられるので、高さを50cm~60cm程度にしてプリント付近の明るさが500ルクスになるように調整する、という実にスタンダードな使い方をしています。 (筆者注:500ルクスは入射光式露出計で測った場合、おおむねEV7~8程度が目安。(ISO100))

蛍光灯は色温度が5000K(=昼白色)であっても、3波長タイプなど、分光特性の異なるものでは色が変わって見えますので、できる限り高演色タイプの蛍光灯を選ぶことが重要です。現在販売しているモデルなら、「Z-208」(EIZO)を選択すると良いと思います。

――カメラマンの方でも、画像処理の部屋は外光を完全に遮断している方や、スタジオのモデリングライトのある中で行なっている方。高演色性蛍光灯を導入している方、いない方。そして部屋の明るさも明るい方から暗い方までいらっしゃると思うんですけど、作業部屋の照明状況について、お勧めはありますか。

私の環境は、作業部屋の蛍光灯も全て色評価用の高演色蛍光灯ですが、難しい場合、外光をなるべくシャットアウトして部屋が暗くするというのも「あり」です。Mac(iMacやMacBook Pro)は光沢(グレアパネル)の液晶ですが、部屋が明るいと映り込みもそれなりなのでカラーマネジメントモニターとのデュアル接続だと疲れるかもしれません。部屋を暗くすることでこの映り込みをある程度回避できます。ただ、真っ暗だとプリントが見えないので、Z-208などを入れるだけでもずいぶん違うと思いますよ。

――小島さんが過去から現在にわたって、現実的にどういった環境でカラーマネージメント環境を運用なさっているかの一端が垣間見れて、非常に参考になりました。 ここからは、少し未来志向のお話をしていきたいと思います。 このたび、エックスライトから「ColorTRUE」というアプリがリリースされました。このアプリと「i1 Display pro」などのセンサーを使用することで、iPadやiPhone、Androidなどのモバイルデバイスでもキャリブレーションをとることができるようになりました。 これによって、モバイルデバイスで色が正確に見ることができる可能性の扉が開かれたと思うのですが、小島さんはプリンティング・ディレクターの立場から、どのような活用方法をお考えでしょうか。

印刷物を制作する上で、色の確認プロセスを行なう際には方法がいくつかあります。先程お話したお客様に当社まで来て頂く方法以外にも、現地までColorEdgeなどカラーマネジメントモニターを持っていったり、現地でプリントまで作ったりといった方法があります。 ただ、現状ではどうしても荷物が大掛かりになりがちですので、以前からタブレットで印刷結果をシミュレーションして見せられたらいいのにという思いはありました。

今回「ColorTRUE」が登場したことで、iPadなどのモバイルデバイスにカラーエンジンが搭載されたビューアーが現実のものになりました。 これには非常にインパクトありますし、可能性を感じています。積極的に現場で使っていきたいなと思っています。 私が注目しているのは、iTunes経由で、カスタムで作ったプリントプロファイルを「ColorTRUE」に組み込める機能です。自作のプリントプロファイルを読み込ませることで、プリント結果と近い表示で色を確認することができます。印刷結果とのズレも少なく、濃度感が良く再現できていますね。

――被写体が暗部に溶けていく加減まで、プリントとそっくりですね。

ここまでシミュレーションできると手応えを感じます。後、気をつけることがあるとすれば、画像データをiPadに取り込む方法かなと思っています。モバイルデバイスの場合、取り込み方次第では画像データに埋め込まれているプロファイルが自動変換してしまうことがあるので注意が必要です。

――具体的にはどんな方法で取り込みを行なっていますか。

私は最近「iUSBport」(アクト・ツー)という装置を使っています。これにはUSBのポートが2個ついているので、ポータブルHDDやUSBメモリをつなぐことができます。そうすると、iPadのiUSBportアプリから、Wi-Fi経由で直接ポータブルHDDやUSBメモリの中身が見えるんですよ。 その画像をiPadにコピーして、「ColorTRUE」アプリで閲覧します。 この方法ですと、画像データのプロファイルがそのまま保持されることがわかったので、いいかなと思っています。他には、Eメールで画像添付しても大丈夫でした。

――他に注意すべき点はありますか。

モバイルデバイスでは、液晶保護シートを貼っている方も多いと思うんですけど、その場合キャリブレーション結果が正確に出ない場合があるので注意が必要です。落とさないようにするのがある意味プレッシャーですね(笑)。

――この記事をお読みになった方が、「ColorTRUE」をきっかけにキャリブレーションセンサーの導入を考えた場合、どのような選択肢がありますか。

今のところiOSとAndroidでは対応しているセンサーの種類が異なります。センサーにはX-Rite製品の「i1Display Pro」に代表されるRGBのフィルター式のものと、「i1 Pro 2」などの分光タイプの2種類があります。 どちらもモバイルデバイスのキャリブレーションはとれるのですが、「i1Display Pro」はプリントプロファイルを作ったり、被写体の色を直接測ることはできません。 プロフェッショナルの方は、仕事で使うことが多いと思うので、プロファイル作成も可能な全部入りの「i1 Pro 2」がお勧めです。 (筆者注:全機能使えるパッケージとして、「i1 Publish Pro 2」という製品が販売されており、そこには「i1 Pro 2」センサーが含まれる)

――センサーを購入して「ColorTRUE」でiPadなどのキャリブレーションをとろうとした場合、具体的にはどんな操作になりますか。

iPad(またはiPhone、Android)と同じ無線LAN(Wi-Fi)ネットワーク内にあるパソコン(Mac、Windowsとも可)にキャリブレーションセンサー(i1Display Pro、i1 Pro 2いずれか)をつないで測色を行います。パソコン側では、キャリブレーションソフト等は必要ありません。AndroidはUSB変換アダプターを使ってタブレットに直接センサーをつなげられるので簡単です。Macの場合はMac本体にセンサーを取り付けて、ColorTRUEアプリを起動すれば、自動で認識します。ロケ先や外などでは、iPhoneのテザリングでもいいですし、Wi-Fiルータや、前述のiUSBport2のようなWi-Fi機能を持ったガジェットでも良いと思います。ただ、そうは言ってもWi-Fiですので、撮影したままの高解像度データをやり取りするにはストレスです。チェック用のデータはPhotoshopのアクションなどでリサイズして軽いデータを別に作っておくといったひと手間は必要かもしれませんね。

――「ColorTRUE」のリリースと共に、エックスライトではSDKの配布を行なっております。これにより、ソフトウェア開発者が自分のアプリにカラーマネージメント機能を自由に組み込めることになりますが、小島さんは、プリンティング・ディレクターの立場から、どんなソフトの登場を期待されますか。

PDFビューワーが対応してくれたり、正しくCMYKデータを閲覧できるアプリケーションが登場したら嬉しいですね。

――なるほど。私はフォトグラファーとして、Wi-Fi転送撮影時の閲覧ソフトや、営業で作品を見せる際のスライドショーアプリが対応したら、対応アプリに乗り換えたいです。いっそのこと、ソフトウェア開発者に直接お願いして回りたいくらいです。

SDKの利用が、ソフトウェア開発者さんの中ですごく普及したら、ネット通販や電子カタログ、コスメティックや医療分野などで、タブレットを利用して正確な色が見られる世の中がやって来るかもしれません。タブレットから紙まで、楽しみなことが増えました。

――キャリブレーションのテクノロジーは、プロ用途としてはもちろんですが、一般向け用途としても、世の中にもっともっと普及していくべきだと思いますし、伝道師としての小島さんのご活躍にも期待しております。今日はどうもありがとうございました。

御園生大地
フォトグラファー・レタッチャー・3DCGクリエイター。1974年東京生まれ。東京ビジュアルアーツ卒業。撮影会社に12年間在籍後、2013年からフリーランスとして活動。

撮影:荒金大介