地球の中から飛来する素粒子のニュートリノで地球内部を透視する技術がものになりそうだ。地球ニュートリノ観測で用いる液体シンチレータにリチウムを添加すれば、飛来する方向性が何とかわかり、そのデータから地下のマグマだまりなどを解析できることを、東京大学地震研究所の田中宏幸(たなか ひろゆき)教授と東北大学ニュートリノ科学研究センターの渡辺寛子(わたなべ ひろこ)助教が示した。X線で人体を透視するように、地球の内部をニュートリノでのぞき込む地球ニュートリノグラフィに一歩前進した。
岐阜県飛騨市神岡町の地下装置カミオカンデの観測でニュートリノ天文学を開拓して2002年にノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊東京大学名誉教授は「ニュートリノは当面、人の役に立たないだろう」と語っていたが、火山噴火予知などに寄与する時は案外、近いかもしれない。実現すれば、波及効果は大きい。4月24日の英科学誌サイエンティフィックリポーツのオンライン版に発表した。
地球内部の放射性物質を起源とする反ニュートリノ(地球ニュートリノ)は2005年、東北大学ニュートリノ科学研究センターがカミオカンデの跡地に設置したカムランドで、世界で初めて観測に成功した。一方、宇宙線に含まれる素粒子ミュー粒子を用いる地球のイメージング(ミュオグラフィ)は、東京大学地震研究所が06年、世界初の実証をした。しかし、地球ニュートリノは到来方向の検知が難しかった。ミュー粒子は透過距離が岩盤にして5km程度に限られて浅い部分しかイメージングできない弱点があった。今回、互いの技術を融合して、地球ニュートリノグラフィの創始に取り組んだ。
研究グループはまず、観測装置の液体シンチレータにリチウムを加えると、地球ニュートリノの飛来する方向がこれまでよりわかることを確かめた。モデル計算や計算機シミュレーションを用いて飛跡決定精度を見積もった。次に飛驒山脈の地下で測定された巨大な地震波低速度領域を巨大マグマだまりと仮定して、ミュオグラフィ解析技術を応用したところ、地球ニュートリノグラフィが実現する見通しをつけた。
神岡町のカムランドに、現行装置の3倍に当たる3キロトンスケールの検出器を設置すれば、10年の観測で99.7%以上の統計的有意度で飛騨山脈の下に仮定された巨大マグマだまり(深さ20km、東西20km、南北40km)を検出できることを見いだした。ニュートリノ発生源になるマグマだまり内部のウラン、トリウム濃度分布の画像も捉えることを示した。
地球形成時に生成されて、地球のコアとマントルの境界に局在したと考えられている巨大地震波低速度領域が作る地球ニュートリノも、飛騨山脈のマグマだまりが作るニュートリノの余剰分と同じ程度と考えられるため、観測できる余地はある。リチウムを添加した液体シンチレータ、高解像度撮像系、ミュオグラフィ解析技術の組み合わせは、地球深部をイメージングする新しい観測の窓を開ける可能性を秘めている。この方法が確立すれば、固体地球科学に新しいパラダイムをもたらすと期待される。
東大地震研の田中宏幸教授は「地球ニュートリノグラフィは夢のある技術だ。地球ニュートリノ飛来方向がある程度わかれば、ミュー粒子の解析技術を組み合わせてみて、意外に使えることが確かめられた。現在のカムランド装置の感度を3倍強化すればよいので、それほど荒唐無稽(こうとうむけい)の話でもない。深さ5kmまでしか見ることができないミュー粒子の限界も超えることができる。われわれは、ニュートリノで地球内部を観測する一歩を踏み出した。ぜひ実現したい」と話している。