東京大学と京都大学、物質・材料研究機構(NIMS)は、リチウムイオン電池の急速充電、高電圧作動を可能にする電解液を開発し、スーパーコンピュータ「京」を用いて作動メカニズムを解明したと発表した。

同成果は、東大大学院 工学系研究科 化学システム工学専攻の山田裕貴助教、山田淳夫教授、京大 触媒・電池元素戦略研究拠点ユニットの袖山慶太郎特定研究員、NIMS 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の館山佳尚グループリーダーらによるもの。詳細は、米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載された。

電気を蓄えることができる2次電池としてリチウムイオン電池が、現在、最も優れているものとして活用されていうが、充電時間の短縮や高電圧作動が課題となっている。リチウムイオン電池を構成する要素のうち、電解液材料は20年以上もほぼ同一組成のものが用いられており、新たな電解液材料の開発により、リチウムイオン電池の性能を向上させることが求められるようになっている。

そうしたニーズに対し、今回、研究グループでは、リチウムイオン電池の急速充電、高電圧作動を可能にする新たな電解液を開発したという。これまで電解液としては適さないという固定観念から研究の盲点となっていた、高濃度のリチウムイオンを含む"濃い液体(超高濃度溶液)"に、従来のリチウムイオン電池用電解液にはない特殊な新機能を発見したという。具体的には、"濃い液体"とすることで、従来必須であったエチレンカーボネートを溶媒として使用しなくても、リチウムイオン電池電解液として作動することを見出したとのことで、これにより、20年以上も固定されていた電解液材料の幅が広がり、耐電圧、反応速度、コストといった必要とされる特性に合わせて、多様な電解液設計が可能となったとする。

さらに、この特徴をもとに材料探索を行った結果、従来の電解液の性能を大きく超える新物質を発見することに成功したという。同新規電解液は、"高濃度=反応が遅く電解液に適さない"という従来の通説を覆し、電池反応が高速に進行するため、リチウムイオン電池の充電に必要な時間が、従来の1/3以下に短縮できると期待されるという。また、5V以上の電圧をかけても安定であり、従来の電解液が耐電圧の問題により4Vに制限されていたのを向上できる可能性も出てきたとしている。

研究成果のイメージ図。電解液(右側)から負極(左側)にリチウムイオン(橙色球)が移動することで、リチウムイオン電池の充電が行われる。この反応には電解液として、エチレンカーボネート溶媒が必須とされていたが、研究の成果により、"濃い電解液"では多種多様な溶媒が使用可能となった。開発した電解液では、この反応が極めて高速で起こるため、従来の1/3の時間で充電できる

今回開発した新規な電解液(超高濃度電解液)の溶液構造。この超高濃度電解液は既存の電解液とは全く異なる特殊な液体構造を有する

このような、"超高濃度電解液"に秘められた特殊機能の発現メカニズムを明らかにするため、スーパーコンピュータ「京」を用いた第一原理分子動力学計算により、溶液中のイオンの動きと電子のエネルギー状態のシミュレーションを行ったところ、リチウムイオンとアニオン(マイナスイオン)が連続的に繋がり、なおかつ液体状態を保持するという、通常の"薄い溶液"では起こりえない特殊な溶液構造を有していることを発見。さらなる調査の結果、その特殊構造が高い分解耐性を発現する電子構造を生み出していることを突き止めた。このような特殊な構造および電子状態を有する"超高濃度電解液"は、有機電解液、イオン液体、ポリマー電解質など既存材料の範疇に入らない新世代の電解液であるという。

スーパーコンピュータ「京」を利用した第一原理分子動力学シミュレーションにより得られた溶液構造と電子状態図。超高濃度電解液は特殊な液体構造に起因するユニークな電子構造を有する

今回の研究で提唱された新世代電解液系により、従来電解液が主因であった2次電池の性能限界が撤廃され、電解液主導による新世代リチウムイオン電池の誕生が期待される。具体的には、充電時間、作動電圧における限界点の突破が期待され、極めて短時間での急速充電が可能な5V級の高電圧リチウムイオン電池の開発が加速する。このような高い性能を有した新世代リチウムイオン電池は、電気自動車やプラグインハイブリッド自動車用2次電池、さらには太陽光など自然エネルギー有効利用のための出力調整用2次電池として最適であり、リチウムイオン電池のさらなる市場拡大に寄与するとともに、自然エネルギーの利用を前提とした省エネルギー社会の実現を大きく前進させるものであるとしている。

黒鉛負極の充電挙動。超高濃度電解液中では、大きな電流を与えても理論値に近い容量を充電することができ、既存電解液中における充電容量を大きく上回る

なお研究グループでは今後、実用スケールの2次電池における評価を行い、実用化を加速させていくとともに、さらなる高性能2次電池の実現のため、より高機能な電解液材料の探索を行っていくとしている。また、今回の研究で提唱した"超高濃度溶液"が秘めるさらなる新機能の開拓を行うとともに、スーパーコンピュータ「京」を利用した機能発現メカニズムの追究を引き続き行い、"超高濃度溶液"の新学問領域としての確立を目指すとコメントしている。