東京大学は2月17日、耳の後ろに貼った電極から、刺激を感じない程の微弱な電流を流すことで、両側前庭障害患者のバランス機能の改善が可能なことを明らかにしたと発表した。

成果は、東大 医学部附属病院 耳鼻咽喉科・聴覚音声外科の岩﨑真一准教授、同・山岨達也 教授、東大大学院 教育学研究科 教育生理学分野の山本義春教授らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間2月15日付けで米神経科学雑誌「Neurology」電子版に掲載され、印刷版3月14日号にも掲載の予定だ。

人間の耳には、3つの半円状の管で、その名がよく知られた「三半規管」と。耳の中の「平衡砂」を収めた「耳石器」で構成される「前庭」という身体のバランスを保つ器官がある。前庭の機能が障害されるとめまいやバランス障害を生じ、高齢者のめまい・平衡障害の約40%はこの前庭の障害に起因し、転倒・骨折のリスクは3倍になるという報告だ。

特に両耳の前庭が障害されると、歩行時などに強いふらつきを感じる、まっすぐ歩けない、ものが揺れて見えるなどの症状が出現し、高齢者の転倒や骨折の重大な原因となっている。しかし、この両側前庭障害に対する有効な治療は、これまでになかった。

視覚や聴覚、知覚などの感覚において、情報を入力する際に適度なノイズを加えるとむしろ微弱な入力信号の検出感度が高まる「確率共振」という現象が知られており、医学の分野では、難聴者の聴覚の改善や、パーキンソン病患者の自律神経機能の改善などに応用されている。

研究チームは、この確率共振現象を応用することで、身体のバランスを司る前庭の機能を増強することができるのではないかと考察し、健常者21名と両側前庭障害患者11名の耳の後ろに表面電極を貼り、携帯型の電気刺激装置を用いて、さまざまな強さのノイズ様の電気刺激を与えて、目を閉じて立った時の身体のバランスの測定を実施した。

刺激強度を少しずつ上げていくと身体のバランスは徐々に改善し、刺激を感じ取れる強さの約80%の刺激では、刺激がない時にくらべて、健常者で約38%、前庭障害患者で約45%の身体の揺れの改善が認められたのである。なお、この刺激で痛みや不快感などの副作用は生じなかったという。

今回の結果は、確率共振現象を身体のバランスに重要な前庭の機能増強に応用した初めての成果であり、痛みや不快感などの副作用を伴わず、携帯型の簡便な刺激装置で行えることから、前庭機能障害患者のみならず、高齢者のバランス障害の改善や転倒予防の新たな治療となることが期待されるとしている。