京都大学は1月6日、北海道大学(北大)、米カリフォルニア工科大学などとの共同研究により、気液界面に存在する化学種を選択的に検出可能な新しい実験手法を用いて、発見から120年以上にわたって未解明だった水の界面で起こる「フェントン反応」におけるメカニズムの解明に成功したと発表した。

成果は、京大 白眉センターの江波進一特定准教授、北大 環境科学院の坂本陽介博士研究員(日本学術振興会PD)、カリフォルニア工科大のAgustin J. Colussi客員研究員らの国際共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、米国東部時間2013年12月30日付けで米科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」オンライン版に掲載された。

二価の鉄イオンと過酸化水素の反応である[Fe(II)+H2O2]はフェントン反応と呼ばれ、大気化学、生化学、グリーンケミストリーなど、さまざまな分野で重要な役割を果たしている(画像1)。例えば、大気中の雲の微小な水滴に含まれている二価の鉄イオンは過酸化水素と反応することで、より反応性の高い化学種となり、水滴中の有機化合物などを酸化し、酸などに変換する働きをしている。

また生体内では過剰な鉄イオンと過酸化水素の反応が、細胞のガン化や生物の老化のメカニズムと密接な関係があることが近年になってわかってきた。また鉄イオンと過酸化水素の反応によって生成する活性種を利用することで、有害物質を無害な化合物に酸化できるため、浄水処理にも利用されている。

画像1。さまざまな分野で中心的な役割を果たしているフェントン反応

このようにフェントン反応は幅広い分野で重要であるにも関わらず、1894年のFentonによる発表から120年たった今でも、実はその反応機構はよくわかっていない。特に「ヒドロキシルラジカル(・OHラジカル)」ができるという従来の反応経路に対して、近年、「フェリル(Ferryl)」と呼ばれる不安定な四価の鉄である「Fe(IV)=O中間体」ができるという新しい反応経路が提案されているそうで、現在、研究者の間で論争が起こっているという。

なお、・OHラジカルのラジカル(不安定種)とは、原子の周りを取り巻く電子が、通常なら2つずつペアで同じ軌道上に存在している(共有電子対)はずが、何らかの条件で同じ軌道上に1つしかない電子(不対電子)のことをいう。それを表すのが化学式でOHの前にある「・」というわけだ。・OHラジカルはラジカルの中でも反応性が非常に高く、酸化力が最も強い1つだ。生体内ではタンパク質、脂質、DNA(デオキシリボ核酸)などあらゆる物質と反応する。

また四価鉄Fe(IV)=O中間体についても少し触れておくと、通常、鉄イオンは二価Fe2+と三価Fe3+のものが知られているが、短寿命な中間体として四価Fe4+を取るものも存在し、Fe(IV)=OはそのFe4+に酸素原子が結合したものを表す。またの名を「オキソフェリル中間体」ともいう。

話を戻すと、大気中の空気-雲の水滴界面や生体内での細胞膜-水界面など、我々の身の回りに多く存在している水の界面で起こっている界面フェントン反応は特に重要であると考えられる(画像2)。しかし、ナノメートルほどしかない極めて薄い水の界面に存在する化学種の反応を直接測定することはこれまで非常に困難であったため、その反応機構はまったくわかっていなかったというわけだ。

画像2。身の回りに広く存在している水の界面。水があるところには水の界面がある

そこで研究チームは今回、気液界面に存在する化学種を選択的に検出できる新しい実験手法を用いて、研究を進めた。その結果、気液界面で起こるフェントン反応[Fe(II)+H2O2]、また「フェントン様反応」の[Fe(II)+O3]のメカニズムの解明に成功したのである。

「ネブライザー(霧吹き)」によって塩化鉄(II)(FeCl2)を含む水のマイクロジェット(液体の噴流)を作り、その垂直方向から過酸化水素ガス(H2O2)またはオゾンガス(O3)を吹き付ける。鉄イオンとこれらの反応性ガスの反応によって、気液界面部分に生成する中間体・生成物を瞬時に質量分析法で検出するというわけだ(画像3)。

今回の実験手法には、ほかの手法にはない以下の3点の特徴があるという。

  1. 水の界面に生成する化合物を選択的に検出できること
  2. 非常に短いタイムスケール(1万分の5秒以下)で生成する中間体・生成物を検出できること
  3. 高感度なために低濃度(1000万分の1モル濃度程度まで)の化合物を直接検出できること

としている。

画像3。気液界面反応を測定することができる新規実験手法

その結果、Fe(II)と過酸化水素またはオゾンの反応は、水中での同様の反応と比べて約1000~1万倍速く進むことが判明。またこれらの反応によって瞬時に生成する四価鉄Fe(IV)=O中間体と三価鉄Fe(III)を直接検出することにも成功した(画像4~6)。

また塩化鉄(II)を含むマイクロジェットに・OHラジカルの捕捉剤である「tert-ブチルアルコール」を大過剰[塩化鉄(II)の100倍の濃度]加えても、これらの生成物は消失しないことも確認されている。これは、同実験条件下では・OHラジカルは生成していないことを意味するという。

画像4(左):二価の鉄イオンとオゾンの気液界面フェントン様反応の反応物・生成物の質量スペクトル。 画像5(中):二価の鉄イオンと過酸化水素の気液界面フェントン反応の反応物・生成物の質量スペクトル。 画像6(右):Fe(IV)=O中間体とFe(III)の生成は反応物の濃度に依存する

まとめると、今回の実験の条件下における気液界面のフェントン反応は、(1)液中に比べて千~1万倍速く進む、(2)四価鉄Fe(IV)=Oと三価鉄Fe(III)を生成する、(3)・OHラジカルを生成しない、の3点が明らかになった。

通常、二価の鉄イオンは水中で六つの水分子に囲まれることで安定に存在しているが、水の界面では水分子そのものが不足しているか、もしくは水のそのような配位構造が歪んでいるために、過酸化水素やオゾンなどの反応物が鉄イオンの中心部に入りやすくなっているためであると考えられるという。

今回の結果はこれまでに想定してこなかったものであり、さまざまな分野に大きなインパクトを与えることが予想されるとする。例えば、大気中の雲の水滴界面では過酸化水素と鉄イオンが予想よりも速く反応してFe(IV)=Oを生成するため、これまでの・OHラジカル生成のみ用いてきた大気モデルの再構築が必要になるとした。

また、生体内では細胞膜や脂質などの多くの疎水性物質(油や空気などのように、水に溶解しにくい、あるいは水と混ざりにくい物質のこと)がある。これらは水と接触しているため、その境界相で起こるフェントン反応は気液界面と同様に想定以上に速く進み、Fe(IV)=Oを生成する可能性があるとする。

さらに、Fe(IV)=Oは・OHラジカルとは異なる独自の反応性を持つため、生体内の水の界面で未知の働きをしている可能性があるという。そのため、フェントン反応を金属ナノ粒子と組み合わせることで、ナノ粒子-水の界面を積極的に用いた新しいタイプの水の浄化システムが開発される可能性があるとする。

今回の研究では空気-水の気液界面におけるフェントン反応のメカニズムが解明された形だ。今後は空気以外の疎水性物質である細胞膜やナノ粒子などで同様の反応が起こるかどうかを確かめる必要があるという。現在、そのような研究を計画中とした。