放射線医学総合研究所(放医研)は12月27日、宇宙滞在中の宇宙放射線による被ばく線量を低減するとして、ウェットタオルを用いた実験を国際宇宙ステーション(ISS)にてロシア人宇宙飛行士の協力のもと行った結果、40%近い低減効果を得ることが実証されたと発表した。

同成果は、放医研の小平聡研究基盤センター研究員ら、ロシア科学アカデミー生物医学問題研究所のVyacheslav Shurshakov研究部長ら、チェコ科学アカデミー原子核研究所のIva Ambrozova研究員らによるもの。詳細は宇宙科学専門誌「Advances in Space Research」オンライン版に掲載された。

宇宙は、太陽や銀河からやってくる重粒子線や中性子線、ガンマ線など多種多様の宇宙放射線が混在した複雑な放射線環境であり、宇宙空間で生活することは、そうした宇宙放射線に常にさらされることとなる。

ISSの活動領域では地球自身が持つ磁場によって形成される地磁気によって、重粒子線などはある程度軽減されるものの、滞在している宇宙飛行士は単位時間当たり地上で受ける線量の100倍以上(1日あたり0.5~1mSv)を被ばくしており、その被ばく量の低減が求められていた。

これまでの研究から、さまざまな素材や手法が考案されてきたものの、宇宙へ地上から持っていくには重量が重くなりすぎ、ロケットの積載量では対応できなかったり、宇宙放射線が遮へい材と反応して発生する2次的な放射線が人体へ余計に悪影響を及ぼしたりするなどの問題点があった。また、それらを解決する研究を行おうにも宇宙空間の複雑な放射線環境を地上で再現することは困難であり、将来的な月や火星での長期間の有人活動の実現に向けては、そうした課題を克服した被ばく線量の低減する手法の確立が求められていた。

今回、研究チームは、2次的な放射線が発生する割合が金属素材よりも小さく、さらに中性子線の遮へい効果にも優れている「水」を遮へい材として利用することを考え、入浴設備が無いISSで身体を拭くために大量に常備されているウェットタオルに着目。ウェットタオルを板状に積み重ねて作成した遮へい体(厚さ6.3 g/cm2)をISS内に設置し、その前後での放射線量測定を行った。

ISSに搭載されているウェットタオル(図中a)とそれを4枚積層しボード状に組み上げ(図中b)、ISS船内に配置した(図中c)。作成したボード全体の重量は67kgで、平均的な厚さは6.3g/cm2

具体的には、重粒子線などが混在した複雑な放射線環境において高精度に被ばく線量を評価することが可能な「受動型線量計」を用いて測定を行った。

実施期間は2010年6月16日から同年11月26日までの約半年間で、ウェットタオルの遮へい体が有る6カ所と無い6カ所の合計12カ所で放射線量の測定を行い、遮へい体の有無による被ばく線量の変化を実測した。

その結果、厚いガラス窓で遮蔽され、正確な結果を得られなかった4カ所を除いて、遮へいがない位置では一日当たり962μSvの線量値(4カ所の線量当量の平均値)であったのに対し、遮へいがある位置では一日当たり593μSvで、遮へい体の有無で線量値が大きく変化することが判明。遮へい体の有無に対応した各線量計の位置における遮へい率を計算し、その平均値をとった結果、ウェットタオル遮へい体による線量低減割合は37±7%(線量当量値)であることが実証されたほか、この結果はシミュレーション計算による推定結果(水中6.3g/cm2の厚さで34%の線量低減割合)とほぼ一致することが確認されたという。

受動型線量計(12カ所分:左図)とその中身(右図)。中身は熱蛍光線量素子とCR-39飛跡検出器が構成されている

今回の成果について研究グループでは、すでにISSに搭載されている物資を遮へい材として利用できるため、すぐにても活用できるものとの考えを示しているほか、将来的な月面や火星などの長期間の有人ミッションを実施する上で、宇宙飛行士の安全性の向上につながるものとの期待を示している。

各線量計の位置番号における一日当たりの線量当量値の変化(ウェットタオルによる遮へいがある位置は赤、遮へいがない位置は青)。黄色枠は宇宙空間を覗くために設置してある円形の厚いガラス窓がある場所で、その部分だけ特別に遮へいされている状態にある

なお放医研では、この線量低減効果に関する実験については、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と連携した実験も計画しているとしている。