筑波大学は12月19日、豊田中央研究所と共同で、ケイ素ラジカルを2次電池の負極活物質として利用した蓄電デバイスの技術開発に成功し、安定な高周期典型元素ラジカルが電極活物質として有望であると発表した。

同成果は、筑波大 数理物質系の関口章教授らによるもの。詳細は、ドイツ化学会誌「Angewandte Chemie International Edition」 オンライン速報版に掲載された。

リチウム電池に代わる次世代高性能電池が注目を集めている。電池は、電極を構成する化学物質の酸化還元反応によって、放出あるいは貯蔵されるギブスエネルギー(取り出し可能なエネルギー量)変化を電気エネルギーに直接変換するデバイスである。また、電池は、多くの素材を組み合わせて構成されているが、その特性において、重要なのは電極素材だといって過言ではない。このため、新たな電極素材の開発競争が激化している。次世代電池の開発には、エネルギー密度の向上、出力特性の向上、安全性の向上、と大きく3つの方向性がある。すべてを満足する電池が理想だが、それぞれはトレードオフの関係にあるので、用途によってベストバランスを目指すことになる。つまり、電極の設計の選択肢が多くなるほど、発現する特性の可能性も広がる。この点で有機素材を使うことのメリットが発揮される。有機素材は分子設計によって、組成をさまざまにチューニングすることが可能だからである。特に、ラジカルは不対電子を有する開殻系の分子であり、電子移動反応が非常に高速で進行するという特徴を持っている。この特性を電極活物質に利用すると、高速充放電が可能になる。例えば、従来の電池では充電に1時間以上必要だったものが、1分以内に完了することも不可能ではない。また、リチウムイオン電池にはコバルト酸リチウム(LiCo02)が用いられているが、コバルトやリチウムは希少金属元素であり、より普遍的な元素での代替が求められている。この点で典型元素が利用できることは重要な発見であるという。

今回の研究では、高速かつ可逆な酸化還元系を可能にする化学物質として、ケイ素やゲルマニウムなど高周期14族典型元素に不対電子を持つ開殻系ラジカル分子に着目し、デバイス化と特性評価を行った。まず、固体状態における電気化学的な試験を行ったところ、いずれも2次電池デバイスの負極活物質として適した還元電位を有することが分かった。続いて、拡散定数およびピーク電位差から電極での電子移動速度を比較したところ、ケイ素ラジカルが最適であることが明らかになった。そこで、ケイ素ラジカルを2次電池の負極活物質にした電池を作製し、電池特性の評価を行った。ケイ素ラジカル(50wt%)と導電助剤カーボンブラックからなる合材を負極に、グラファイトを正極に、イオン性液体を電解液に用いた全て有機材料で構成された2次電池が作製された。

ケイ素ラジカル電池の仕組み。可逆的な酸化還元反応により電子が移動し、充放電が行われる

(上)ケイ素ラジカルの可逆的酸化還元反応と、(下)ケイ素ラジカルを負極活物質に用いた電池を使用しているところ

同電池は、リチウムイオンを使うことなく高速に作動し、70℃の高温条件でも、100回程度の充放電を劣化することなく行えるが判明。また、従来のデュアルカーボンセルに比べて出力密度を保持したまま、大きなエネルギー密度(30mAh/g)を得ることができたという。これは、エネルギー密度の高いリチウムイオン電池と、パワー密度の高いスーパーキャパシタの、両方の特性を併せ持ったバランスの良い蓄電デバイスと言えるとしている。

ケイ素ラジカル電池のサイクル特性。赤は70℃での検証。充放電を100回繰り返した後でも、95%の容量を保持している

ケイ素ラジカル電池のレート特性。1Cは1時間での放電曲線を示す。30mAhg-1の容量が利用できる。45Cは80秒間での放電曲線であり、87%の容量を保持している

ケイ素ラジカル電池のRagoneプロット。1-cell(赤)がケイ素ラジカル電池。Dual carbon cell(青)と比べて、パワー密度は同程度に保たれ、かつエネルギー密度の増大が達成できた。EDCL(緑)はスーパーキャパシタ

今回の研究により、安定なケイ素ラジカル分子が蓄電デバイスの電極活物質として利用できることが明らかとなった。今後、さまざまな典型元素ラジカルについて、電極素材としての特性が検討され、元素の特徴を適材適所に利用することが可能になると考えられる。つまり、蓄電デバイスの電極設計の次元が一段階上がったと言うことができる。ラジカル電池の登場によって、希少金属素材への依存度を低くし、環境負荷を小さく、かつ安全性も高められる道が開かれた。これにより、今後、有機材料を活用したスマートバッテリの開発は加速度的に進展することが期待できるとコメントしている。