科学技術振興機構(JST)は12月18日、燃料電池の性能向上には、触媒として使用している白金近くの水分子が重要であることが明らかになったと発表した。

同成果は、スタンフォード大学 SLAC国立加速器研究所の小笠原寛人スタッフサイエンティストらによるもの。詳細は、「Nature Communications」に掲載された。

燃料電池は、空気と燃料(水素やメタノールなど)を利用して、化学反応から電力を取り出す。中でも、室温付近でも動作する高分子電解質型燃料電池は小型化、軽量化が容易なため、自動車や携帯機器の駆動電源として期待されている。高分子電解質型燃料電池では、燃料と空気を高分子電解質で隔てられた電極(負極と正極)に供給する。現在、燃料電池の反応を促す触媒として高価な白金が使われ、特に正極で起こる酸素還元反応では大量に必要となる。そのため、この反応の活性化が電池性能の向上の鍵を握っていると言われている。しかし、正極での酸化還元反応は、白金に結合した水酸基を中間体として進行すると考えられているが、詳細な分子機構は不明な点が多く、その解明が期待されている。

図1 燃料電池の模式図。負極は燃料(水素)を電子と水素イオンに分け、水素イオンは高分子電解質へ 、電子は負荷へと流れる。正極で酸素は電子と結びついて水に変わり発電する

研究グループは、放射光施設で軽元素の分析に適した軟X線を用いて、酸素還元反応中に正極の白金触媒に結合した酸素種(酸素原子、水酸基、水分子)の挙動を調べた。具体的には、世界最高感度の環境制御型光電子分光装置を独自に開発し、軟X線を動作中の燃料電池の正極に照射して放出される光電子を分析することによって、正極での触媒反応をその場で観測した。

図2 反応中の正極の光電子分光観測の模式図。酸素還元反応中の白金触媒に軟X線を照射する。光電効果により酸素種の1s軌道から飛び出してきた電子(酸素1s光電子)のエネルギーを調べることで、酸素種の種類、化学結合状態を識別できる

観測した結果から、白金触媒の表面原子に結合した酸素種を識別したところ、酸素還元反応の中間体は従来考えられていた通り、水酸基であることを確かめた。さらに、白金表面原子のみに結合した非水和水酸基と、白金表面原子と水分子の両方に結合した水和水酸基の2種類が酸素還元反応中に共存しており、特に白金に結合した水分子の量が少ないと高起電力、出力動作が得られ、また、より多くの非水和水酸基が白金に結合していることが分かった。

図3 反応中の正極に結合した酸素種の模式図と光電子スペクトル。酸素1s光電子のエネルギースペクトル(黒線)には、白金原子のみに結合した非水和水酸基(水色)と白金原子と水分子の両方に結合した水和水酸基(紺色)に対応するピークが観測されており、これらが白金表面に共存していることが分かる。密度汎関数法による電子状態計算により、非水和水酸基と水和水酸基が不均一な島状で白金触媒に結合していることが分かった

電子状態の計算により、高活性な非水和水酸基経由の酸素還元反応経路と低活性な水和水酸基経由の経路の2つの経路があることを発見した。つまり、今回の実験により、非水和水酸基経由の酸素還元反応経路が起電力、出力の向上の鍵となっていることを明らかにした。このことから、正極での酸化還元反応を効率よく進めるためには、白金触媒近くの水分子の量を制御することが重要であると考えられるとした。

今回、酸素還元反応の中間体の触媒表面での水和が、酸素還元反応経路と反応の効率を分子レベルで決定する因子となっていることを明らかにした。今後、触媒近くの水分量を分子レベルで適切に制御し、酸素還元反応経路の最適化、燃料電池の性能向上を目指すアプローチが考えられ、貴金属である白金の使用量低減、固体高分子形燃料電池の低コスト化が期待されるとコメントしている。