理化学研究所(理研)は12月19日、ヒトの血液中にある多種類の感染症ウイルスに対する抗体の種類や量(抗体価)を、同時かつ迅速に全自動で測定できる「ウイルス・マイクロアレイ診断システム」を開発したことを発表した。

同成果は、理研創発物性科学研究センター 創発生体工学材料研究チームの伊藤嘉浩チームリーダー(伊藤ナノ医工学研究室 主任研究員)らと、理研ベンチャーのコンソナルバイオテクノロジーズによるもの。詳細は米国の科学雑誌「PLoS ONE」に掲載された。

感染症と人類の関わりは古くから続いており、さまざまな医薬品の開発で克服が図られてきたが、新たな感染症の発生や、一度は制圧したと考えらていた感染症の復活(再興感染症)が生じるなど、その闘いに終わりは見えない。そうした感染症の対応策の1つとしてワクチンによる、個々人の免疫獲得履歴を知ることが重要視されるようになってきた。

一方のバイオテクノロジーの発展として、分析装置・機器にマイクロアレイ技術やDNAチップを用いた手法が取り入れられ、高速かつ安価にさまざまな検査を行うことが可能となってきたが、DNAより大きなタンパク質やウイルスをマイクロアレイ基板上に固定化することは難しく、実用化には至ってなかった。そうした中、研究グループは、これまでの研究として、光に反応するポリマーを活用し、生体由来の物質など有機化合物と混ぜ合わせ、それを基板に載せて光を当てることで、ラジカル架橋反応が生じ、基板に固定化できる「何でも固定化法」を開発していた。

今回の研究は、同技法を用いてタンパク質やウイルスといった大きなサイズのものをマイクロアレイ基板に固定化し、それらに対する免疫があるかどうかを自動的に測定できるシステムの開発を目指したもので、具体的には、同技法のポリマーのラジカル架橋反応の向上を目指し、フッ素化アジドフェニルを共重合させた新たなポリマーを開発。ウイルスのマイクロアレイ基板上への固定化に向けて、同ポリマーを遠心力で薄く延ばして薄膜化し、そこにウイルスを含む試料液をスポット状に吐出。その後、紫外線を照射することで、ウイルスの基板上への固定化を実現した。

マイクロアレイ固定化方法と原理の概要。初めに基板の上にフッ素化アジド基とポリエチレングリコールを側鎖にもつポリマーを遠心力で薄く延ばして薄膜化。次に不活化ウイルスを含む試料液をスポット状に吐出。そして最後に紫外線照射をすることで、基板とポリマー間、ポリマーとポリマー間、ポリマーと不活化ウイルス間がラジカル架橋反応(緑色)により結合し、不活化ウイルスをマイクロアレイの基板に固定化できる

同手法では、はしか、風疹、流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)、水痘(水ぼうそう)の4種類の不活化ウイルスと、エプスタイン・バーウイルスの成分タンパク質を固定化したマイクロアレイチップの作製に成功したという。

スポット状に固定化した4種類の不活化ウイルス(はしか、風疹、おたふくかぜ、水ぼうそう)と、エプスタイン・バーウイルスの成分タンパク質の走査電子顕微鏡像

このウイルス固定化マイクロアレイチップを利用した完全自動免疫獲得履歴測定システム「ウイルス・マイクロアレイ診断システム」も併せて開発。

 「ウイルス・マイクロアレイ診断システム」とチップカセットの外観。ウイルスを固定化したマイクロアレイチップをカセットに装填し、血液(分離血清)を滴下。その後、開始ボタンを押すだけで反応、洗浄、検出、分析の一連の工程を自動的に行うことができる

数滴の血液(分離血清)をチップに滴下しスイッチを押すだけで、反応、洗浄、検出、分析という一連の行程を自動で行い、血液中にウイルスに対する抗体があると結合して発光し、その発光像をCCDカメラで撮影することで、免疫があるかどうかの診断を15分程度で行うことが可能だという。また、発光度合を数値化し出力することも可能だという。

血液中にウイルスに対する抗体があると結合して発光し、免疫があるかどうか分かる。その発光をCCDカメラで撮影したマイクロアレイ画像(抗ウイルス抗体)。発光度合いを数値化して出力できる。ウイルスの配置は左上から右下に向けて、はしかウイルス、はしかウイルス、はしかウイルス、エプスタイン・バーウイルスの成分タンパク質、風疹ウイルス、風疹ウイルス、風疹ウイルス、エプスタイン・バーウイルスの成分タンパク質、おたふくかぜウイルス、おたふくかぜウイルス、おたふくかぜウイルス、エプスタイン・バーウイルスの成分タンパク質、水ぼうそうウイルス、水ぼうそうウイルス、水ぼうそうウイルス、免疫グロブリンG

同システムで得られる結果については、検査センターなどで用いられている酵素免疫測定法(EIA法)で測定した場合とほぼ同精度であることも確認し、実用レベルであることが証明されたとしている。

なお研究グループでは、同システムを用いることで、EIA法に比べ、試薬や装置の生産コストを5分の1程度に抑えることが可能となると説明しているほか、今回作製された5種類の感染症ウイルス以外の感染症ウイルスのマイクロアレイチップを作製することも可能であり、老人福祉施設や介護施設、教育現場などでの集団感染防御や、妊娠前の女性に対する手軽で優しい検査、インフルエンザなどの予防接種ワクチンによる免疫獲得の確認、海外渡航の際のワクチン予防接種の必要性の判断などさまざまな分野で多項目診断がより効率的に行えるようになると期待できるとコメントしている。