IT業界には、自分のセンスを信じて投資を行ない、成功した人物は少なくない。今回紹介するキーマンも「リバタリアン」という思想を貫いて成功を収めた人物である。Facebookの成功にも欠かせなかった人物でもある、ピーター・シール氏(以下敬称略)を紹介していこう。

 ピーター・シールは、1967年に西ドイツ(当時)・フランクフルトにて誕生した。幼いときに両親と共にアメリカに移住し、カリフォルニア州で幼少期を過ごした。その後スタンフォード大学へ進学して哲学を学び、1989年には哲学の学士号を取得。さらに同大学の法科大学院(ロースクール)へ進学し、1992年に法務博士(JD)の資格を得た。ここまでのキャリアでは特にITには無関係の人生だ。

 シールは1987年、スタンフォード大学で友人であるノーマン・ブックと共に「スタンフォード・レビュー」という新聞を立ち上げた。現在も発行されているこの新聞は、リバタリアニズムを主張している。リバタリアニズムとは、自由主義思想の中でも特に個人的な自由や経済的な自由を重視する主義主張のこと。リバタリアニズムを主張する人をリバタリアンと呼び、シールもそのリバタリアンだ。  

 スタンフォード・レビューを通じて、シールは同様の思想を持つ友人たちと数多く知り合った。そしてこのリバタリアンという思想が、その後シールをITの世界へと導いていくこととなる。

 シールはロースクール修了後、裁判所の書記としてしばらく務めるが、1993年から金融会社で働いてデリバティブ取引に従事。1996年には独立してシール・キャピタル・マネジメントという独自のファンドを設立した。そして1996年、マックス・レヴチンとともにFieldlink社を設立。社名をConfinity社に変更し、オンライン決済システムサービスである「PayPal」の提供を開始する。

 詳細は割愛するが、今となってはもはやポピュラーなPayPal。インターネットを介して、国境を越え、通貨や金融制度も関係なく経済活動が行えるこのPayPalのシステムは、リバタリアンが理想に思う通貨形態の1つなのだという。彼はリバタリアンとしての夢を実現したのだ。

 当初はオークションサイト・eBayで使われていたPayPalサービスは瞬く間に世界的なサービスに発展した。Confinity社は、PayPalと類似のサービスを提供していたX.com社と合併し社名もPayPal社に変更した。PayPal社には、スタンフォード大学時代に知り合った友人をはじめ、優秀な人材が集まった。大学時代から豊富な人脈を築いてきたシールの人徳ということだろうか。

 シールはPayPal社で確実に実績を上げた。その結果、PayPal社はeBayに15億ドルで買収されることとなった。シールも所有する3.7%の株式を売却。株は5500万ドルもの高値で売れ、シールは一夜にして大富豪の名声を得た。シールはそんな資金を元手に、ヘッジファンドを扱うClarium Capital社を設立した。

 シールが行なった投資で非常に大きな効果があったのは、2004年のFacebookへの投資。50万ドルもの融資を実行した。ご存じのとおり、Facebookは2004年を境に急成長を遂げた。黎明期の同社を支えたのは、このシールだったのだ。言うまでもなく、その投資は大成功だった。

 シールのエピソードからは若干外れるが、PayPal社出身の人物は、IT業界で非常に大きな功績を残している。それらの人物は「PayPalマフィア」などと呼ばれているが、もちろん「マフィア」といってもダークな面はない。代表的なPayPalマフィア出身者は、LinkedInのリード・ホフマン。彼はスタンフォード・レビュー時代からのシールの友達だ。ほかにYouTubeのチャド・ハーリー、Yelp!のジェレミー・ストップルマン、Yammerのデイヴィッド・サックスなどなど枚挙に暇がないほどだ。

 そしてシールはその後もさまざまなベンチャー企業にエンジェル投資家として投資を行なっているが、先に挙げたリバタリアン主義を貫いているがためにやや“変人”的な扱いを受けることもあるという。

 たとえばシールは今、非営利団体「シースティーディング(海上国家建造計画)」に多大なカネを投資していたりする、同団体は、公海上に各国の法律が及ばない水上共同体を作り、宇宙開発などを進め、新たな政治体系を作り出そうとしている。他にも、人間が1000年生きるための延命技術を研究している某団体にも巨額の投資をしたりしている。いずれも、リバタリアンの理想の延長上にある存在なのだろう。

 普通の人からしたら、こんな投資は常軌を逸しているとしか思えないかもしれない。しかし彼には、国家や通貨を超えたPayPalを成功させた実績がある。そんな“トンデモ”投資も、いずれ成功するかもしれない。今後も彼の動向には注目せざるを得ないだろう。      

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この記事はキーマンズネットで連載された過去記事を転載しています。