理化学研究所(理研)と高輝度光科学研究センター(JASRI)は12月4日、X線自由電子レーザ(XFEL)施設「SACLA」を用いて、硬X線領域で任意の2つの波長レーザを同時に発振させる2色XFELの生成に成功したと発表した。これにより、高精度時分割測定や、複数波長で回折像を同時測定することなどが可能になるという。
同成果は、理研 放射光科学総合研究センター XFEL研究開発部門 加速器研究開発グループ 先端ビームチームの原徹チームリーダーらによるもの。詳細は英国のオンライン科学雑誌「Nature Communications」に掲載された。
「SACLA」のXFEL光は、大型放射光施設「SPring-8」などの放射光よりも約100億倍明るいだけでなく、パルス幅が約1/1000、10フェムト秒以下と非常に短いのが特徴である。パルス幅が短いほど、高速の現象をカメラのストロボ撮影のようにコマ送り(時分割)で詳しく見ることができるため、原子や分子の瞬間的な動きを観察するには最適な光源となっている。「SACLA」では、X線分光法やコヒーレントX線回折イメージング法などいくつかの計測手法があるが、その中でも、物理現象や化学反応の時間変化を観察する時分割測定では、反応や現象を引き起こすポンプ光と、時間差をつけてそれを観測するプローブ光の2つの光パルスが必要となる。現在は、可視光レーザを用い、X線と可視光の2つの光パルスを使っているが、片方の光が可視光の場合、X線との波長差があまりに大きいため、調べることのできる反応や現象が制約されてしまう。また、XFELと可視光レーザは独立した光源であるため、2パルス間の時間差の精度が10~100フェムト秒程度と、現象の撮影に時間的なブレが生じることが避けられなかった。
そこで、研究グループでは、これらの課題を解決するために、波長の異なる2つのX線光パルスを同じ電子ビームから発生させる2色XFELの実現に取り組んだ。2色XFELでは、同じ電子ビームから2つの光パルスを発生させるため、2パルス間の時間差の精度を、従来の可視光レーザを使う場合に比べ約1/1000の数十アト秒まで向上させることができる。さらに、2つのX線波長はアンジュレータの磁場を変えることで自由に選択できるため、実験に最適な波長の光を使うことが可能となっている。
自由電子レーザ(FEL)の2色発振は1990年代から赤外線で行われ、最近では真空紫外や軟X線の波長領域でも報告がある。しかし、これらの2色発振では波長間隔の差が数%しかなく、極めて使いにくい光源だった。XFEL施設では、線型加速器で加速、圧縮した電子ビームを全長約120mの長いアンジュレータに通し、光と電子ビームを相互作用させることによって光を増幅する。その際、電子ビームのエネルギーとアンジュレータの磁場で相互作用の共鳴波長が決まり、これがXFELの波長になる。ビームエネルギーや磁場を変化させることで、XFELの発振波長を自由に選ぶことができる。
図1 「SACLA」の真空封止可変ギャップアンジュレータ。「SACLA」の通常運転では、全長約120mの真空封止アンジュレータを使って0.6~3Å(4~20keV)の波長範囲で、実験に最適な1波長を選びレーザを発振させている |
研究グループは、電子ビームを光に対して遅らせるシケイン(電子ビームのみを迂回させる減速用コーナー)をアンジュレータの途中に設置し、シケインの上流と下流のアンジュレータ磁場を独立に変えることで2つの波長でレーザを発振させること、つまり、2色XFELの発振に成功した。シケイン上流のアンジュレータでは1色目の波長を持つ光パルスを、シケイン下流のアンジュレータでは2色目の波長の光パルスをそれぞれ発振させ、独立した異なる波長の2つの光パルスを生成する。また、電子ビームはシケインで迂回するため、迂回量を制御することにより1色目の光パルスと2色目の光パルスの時間差を0~40フェムト秒の範囲で変えることができる。
図2 「SACLA」2色XFELの概念図。シケインを全長約120mのアンジュレータの途中に設置し、シケインの上流と下流のアンジュレータ磁場(K1、K2)を独立に変えることで、2つの波長のレーザを発振させる |
図3は「SACLA」で実現した2色XFELのスペクトル例。2つのパルスのピークパワーは約4GWに達し、アンジュレータの台数を変えることでパルス間の強度比を調整することもできる。
図4は上流のアンジュレータから出る1色目のエネルギーを11.4keVに固定し、下流のアンジュレータの磁場を変えることで、2色目の波長を変化させた時の様子を示している。「SACLA」では、磁場の制御範囲が大きい真空封止型の可変ギャップアンジュレータを採用しているため、2色の波長間隔を相対的に30%以上離すことができる。
また、2色XFELでは、2つの光パルスを異なる方向へ放射させることもできる。図5では、シケイン下流の電子ビーム軌道を変えることにより2色目の光軸を変え、2色の光を空間的に分離して発生させている。このようなX線光源はこれまで例がなく、アンジュレータ内の上下に設置されている磁石列の位置や電子ビーム収束用電磁石位置を、サブミクロンの精度で電子ビーム軌道に合わせることができる「SACLA」ならではの成果であるという。これにより、異なる方向から異なる波長のX線パルスを試料に同時照射し、多波長回折像を同時に得るなど、新しい実験手法が可能になるとしている。
図5 2色の2つのパルスを異なる光軸上に放射したときの光プロファイル。アンジュレータ下流端から約100m離れたスクリーンで測定。(a)はシケイン下流側の電子ビーム軌道を水平方向に10マイクロラジアン、(b)は垂直方向に10マイクロラジアン変化させ、2色目のX線パルス(9.7keV)を空間的に分離 |
従来の実験で使われてきたX線パルスと可視光パルスの組み合わせではなく、2色XFELの2つのX線パルスを用いることにより、これまで観測できなかった現象の解明が期待できる。また、2色XFELでは、2パルス間の時間差を高精度で制御できるため、フェムト秒の高精度な時間分割測定が可能になる。さらに、例えば、タンパク質の構造解析における多波長回折像測定や原子内核励起を用いた小型X線レーザ光源の原理検証実験、X線非線形光学現象の観測など、新しい実験手法が2色XFELを用いることで可能になるため、物理、化学、生物学、材料学など幅広い分野への応用が期待できるとコメントしている。