理化学研究所(理研)と東京大学の2者は10月4日、大阪大学・核物理研究センター、東北大学、東京理科大学、立教大学、会津大学、日本原子力研究開発機構、伊・レニュアーロ研究所との国際共同研究により、質量54(陽子20・中性子34)という重いカルシウムの放射性同位体「54Ca」の研究から、新しい魔法数「34」を発見したことを理研 東京連絡事務所にて共同で発表した。今回は、その模様をお伝えする。
成果は、理研 仁科加速器研究センター 櫻井RI物理研究室のDavid Steppenbeck(デービッド・ステッペンベック)元国際特別研究員(現・東大 原子核科学研究センター 特任研究員)、同・武内聡協力研究員らの国際共同研究チームによるもの(画像1・2)。また研究の詳細な内容は、日本時間10月10日付けで英科学誌「Nature」に掲載された。
記者会見は、以上の2名に加え、東大 原子核科学研究センターの宇都野穣 客員准教授(JAEA 研究副主幹兼任)、理研の櫻井RI物理研究室の責任者である櫻井博儀 主任研究員(東大大学院 理学系研究科 物理学専攻教授兼任)も参加して行われた(画像3・4)。
原子は水素を除けば、陽子と中性子と電子で構成されているのは、学校の授業でも習う誰でも知る基礎的な科学の知識だ。原子の中心核=原子核をなすのが陽子と中性子だが、この2つはまとめて「核子」とも呼ばれる。この核子の数は、原子の種類や性質を決める重要な要素だ。核子の数が変われば、原子の種類そのものが変わってくるだけでなく(陽子の数が変われば原子の種類が変わる)、同じ原子であっても同位体(陽子の数は同じだが、中性子の数が違う同じ原子の仲間)として性質も変化してしまうというわけである。
理論的に予測できているだけでなく、現在の技術では中性子過剰な原子を作り出せることから、非常に短命(ミリ秒の単位で放射性崩壊を起こしてほかの原子に変わってしまう)な同位体も数多く確認されており、原子によっては同位体は数十を数えることもこともある(未確認の同位体を含めると、ものすごい数になる原子もある)。
具体的に同位体にどのようなものがあるかというと、中でもその性質が際立っていて、もはや別物の原子のように扱われていて有名なのが、水素の同位体の「重水素」と「三重水素」だろう。水素は全宇宙で最も多く、全原子の内で最も軽く(陽子1個と電子1個の組み合わせ)、ヒトにとっても水を構成する原子の1つとして必須といった特徴があるわけだが、それに中性子を1個加えたのが重水素、さらにもう1個加えたのが三重水素というわけだ。よって、質量としては重水素は水素の倍、三重水素は3倍というぐらい大きく異なる。そのため、沸点や融点が異なるほか、重水素は水素同様に安定同位体だが三重水素は半減期12年強の放射性同位体であるなど、それぞれ特徴が異なるというわけだ。
このように核子がどういう組み合わせで、どちらがどれだけあるかということは原子核および原子そのものにとって非常に重要だ。さらに、その核子がある特定の数になると原子核が比較的安定になるという特別なルールも発見されている。それが「魔法数(マジックナンバー)」と呼ばれるもので、これまでわかっているのは、2、6、8、16、20、28、32、50、82、126の10種類である。
この内の2、8、20、28、50、82、126の7種類は、米国のMaria Goeppert-Mayerと独国のJohannes Hans Daniel Jensenが1949年に提唱した、軌道や殻間のエネルギーギャップに関する原子核の「殻構造」モデルによって説明された"元祖"とか"オリジナル7"ともいうべき魔法数である(この発見でMayerとJensenの2人は1963年にノーベル物理学賞を受賞した)。後述するが、6、16、32はまた発見の経緯やその特徴が異なる魔法数なのだ(実は元祖の内の8、20、28もちょっと特徴が異なる)。
画像5は、今回発見された11種類目の34も含めた魔法数も記されている核図表だ。この図は、縦軸に陽子数を、横軸に中性子数を取り、既知および概念上のすべての核種を配置したものである。横1列は同じ原子の同位体である(多いものは数10あるのがわかるはず)。黒い四角は安定な原子核で、白抜きの黒枠(網目に見えるエリア)は放射性同位体=不安定原子核だ。水色、ピンク、黄色のエリアは理論上存在するとされる未発見の原子核のエリア。
基本的には陽子または中性子がこれらの数を持っている原子核は比較的安定となり、特に陽子も中性子も魔法数という二重魔法数のものはさらに安定しているものが多い。なお、理研 仁科加速器研究センターの公式Webサイトでは、核図表の解説つき大型PDFやJPEG画像(2500x1768ピクセル)を用意しているので、興味のある方はこちらからどうぞ。
ちなみに安定している原子はみな魔法数で構成されているかというと、そうではない。例えば鉄、中でも質量56の「56Fe」は現在発見されている全物質中で最も安定しているが、陽子の数は26なので魔法数ではないことがわかる。中性子数も30と、どちらも魔法数とは関係ない(鉄の安定同位体は質量が56~58の3種類だが、その中では「58Fe」が唯一、中性子数が32で魔法数を持つ)。
そして、この点も誤解を招きやすいので触れておくが、魔法数を持って安定しているからといって、質量4のヘリウム原子核「4He」(陽子2個・中性子2個)を放出する「α崩壊」(この崩壊を起こすと原子番号が2つ減り、質量は4減る)や、電子を放出する「β崩壊」(その結果、中性子1個が陽子に変わる)などの放射性崩壊を起こさないかというと、そうではない。
一般的に原子のイメージというと、中央に陽子と中性子の塊、その周囲を電子が巡るという描かれ方をされることも多いのであまり知られていないが、陽子や中性子にも電子と同様に存在できる軌道が存在する。この軌道も量子論により飛び飛びとなり(これら軌道間のエネルギーが近い軌道群をまとめて「殻」という)、それらの殻の間にはエネルギー準位的に飛び越しにくいギャップが現れる。その大きなギャップが魔法数なのだ(画像6・左)。
画像6は左が安定核での殻構造で、右が不安定原子核(中性子過剰核)での殻構造だ。右側の不安定原子核については、後述する。左端の四角はそれぞれの殻に入る核子の数、丸で囲ってある数値は魔法数を示す。
魔法数とはエネルギー準位に大きなギャップがあることから次の準位に移りにくいということであり、魔法数を持った原子核は励起しにくいということを意味するのである。決して放射性崩壊を起こさないというわけではないのだ。現に、今回の54Caも半減期はわずか数ミリ秒(正確なところはまだわかっていないそうである)で、すぐβ崩壊して同じ質量54ながら陽子21・中性子33のスカンジウム「54Sc」に変化してしまう。それでも励起しにくいことから、54Caのような魔法数を持った原子核は「比較的安定している」といわれるのである。
この2種類の安定を例えて説明すると、魔法数の核子を持つ場合はエネルギー準位的に安定しているので「硬い」とか「変形しにくい」イメージで、原子っぽく何かのボールに例えるとしたら野球の硬球という感じだろうか。ただし、放射性崩壊を起こしやすい原子でもあるわけで、つまりはほかのボール(ほかの原子)に「変身」してしまいやすいという感じだ。ボールとしては硬球のように硬いんだけど、実はすぐに軟球とかテニスボールなどに変身してしまいやすい特性を持っているというわけだ。
それから最後に1つ、安定した原子というと、ヘリウムやネオン(原子番号10)、アルゴン(原子番号18)など、元素周期表の18族に属する不活性ガスをイメージする人もいると思う。これは電子の数と配置により、化学的に安定しているということであり、原子核の安定とは異なる。いわば電子の魔法数というわけだ。ともかく、このように原子の世界で「安定」というと、複数の意味やイメージがあるが、今回は原子核における魔法数の話なので、混同しないようご注意願いたい。
そんなわけで魔法数に話を戻そう。この魔法数は、前述したMayerとJensen原子核の「殻構造」モデルの提唱以来、すべての原子核において変わらないものとして長く考えられてきた。要は、元祖魔法数以外、ないと考えられてきたのである。
しかし2000年になって、パラダイムシフトともいうべき大きな発見がなされた。当時、理研に所属していた小沢顕 研究員(現・筑波大学教授)らが、RI(Radio Isotope:放射性同位体)ビームを利用した実験によって、陽子に比べ中性子の数が多い不安定原子核の領域では、魔法数20が魔法数として機能しなくなり、新たに16が魔法数となることを発見したのである。それをきっかけに、同様に不安定原子核の領域では魔法数8と28も機能しないこと、そして新たに6と32が出現することが明らかになり、それまでの常識が大きく覆されたのだ(画像6の右)。
これが魔法数には複数のタイプがあるということで、分類するとしたら、元祖の中でも2、50、82、126は今のところ"オールラウンダー"ともいうべき存在で(50に関しては重い中性子過剰原子核領域で魔法数として機能しなくなるという理論予測もある)、残りの8、20、28は不安定原子核の領域では魔法数として機能しなくなるから"安定志向型"といったところ。そして、6、16、32、そして今回の34は逆に不安定領域でのみ魔法数となるわけだから、"ひねくれ者"だろう(笑)。さらに今回の34に関してはこの後でも触れるが、予測されてから発見まで長くかかった"予言の子"的な存在でもある。
魔法数に関する研究の歴史に話を戻すと、2000年に理研で新しい魔法数が発見されたことがきっかけとなって、魔法数に関する理論的な研究が進展していく。そして翌2001年には東大の大塚孝治 教授らの研究チームによって、今回の発見につながる「中性子過剰なカルシウム同位体で、中性子数34が魔法数となる」という予測が出された。
この予測については34が魔法数であるという事実を確かめるには実は実験的に困難であるため、なかなか確認ができない状況が続いたことから議論が巻き起こる。世界中の研究機関が実験に挑むが、34が魔法数であるという証拠がなかなか発見されなかったため、その内、予測自体が間違いであるとも指摘されるようになっていった。
そこで質量54のカルシウム(54Ca:陽子数20、中性子数34)の中性子数34が魔法数であるかどうかを調べる実験を行うべく立ち上げられたのが今回の国際共同研究チームで、RIBFが稼動した2007年に計画がスタート。2008年に原子核の粒子識別装置「ゼロ度スペクトロメータ」(画像7)が完成し、2012年にようやく実験そのものを行えるようになり、今回の発表に至ったというわけである。
前述したように、陽子もしくは中性子のどちらか一方だけでも魔法数を持つ原子核は比較的安定という特徴を持つが、それ以外にも魔法数の原子核は「励起準位」のエネルギーが高くなるという特徴がある(画像8)。研究チームは、54Caの励起準位を生成し、そのエネルギーを測定することで54Caを調査。励起準位を作る方法として、理研が独自開発した「2段階破砕反応法」が用いられた。
原子のエネルギー準位(電子の軌道)と同様に、原子核にもエネルギー準位が最も低い「基底状態」があり、それよりもエネルギーが高いものを第x励起準位と呼ぶ。今回取り扱われたのは第1励起準位で、基底状態の次に現れる最初の励起準位だ。そして2段階破砕反応法とは、加速器で加速された1次ビームから直接研究対象となる原子核を作らず、中間段階の原子核をRIビームとして取り出し、2次反応で対象核を作る方法のことである。励起した原子核から放出されるカンマ線を観測するには、この方法が有効だ(画像9)。
画像7(左):実験施設の概略図。画像8(中):魔法数と励起準位のエネルギー。魔法数を持つ原子核では、励起準位のエネルギーが高いのが線状になっているのでよくわかる。画像9(右):2段階破砕反応法の測定方法の概略図 |
研究チームは、54Caの励起準位を生成するために、まず仁科加速器研究センターの設備の1つである超伝導リングサイクロトロン(SRC:画像10・11)で質量70の亜鉛「70Zn」(原子番号30:陽子数30・中性子数40)を、光速の約70%(核子当たり345MeV)まで加速して、標的原子核のベリリウム(原子番号4・略号:Be、質量数はこの場合は資料に記載はないが、通常は9(陽子4・中性子5)が唯一の安定同位体で天然存在比100%)に照射し、核破砕反応を起こさせる(画像7)。
すると70Znの陽子や中性子がはぎ取られて、さまざまな種類の原子核が生成。次に、その中から超伝導RIビーム生成分離装置「BigRIPS」(画像12・13・14)を用いて質量55のスカンジウム「55Sc」(原子番号21:陽子数21・中性子数34)や、質量56のチタン「56Ti」(原子番号22:陽子数22・中性子数34)をビームとして分離・生成する。これらの不安定核は、54Caに比べて陽子数が1つか2つ多く、中性子数は同じだ。そしてこの55Scと56TiのビームをBeに照射し、2回目の核破砕反応を起こさせて陽子をはぎ取ることで、54Caは生成されるのである。
画像12(左):BigRIPSの全景(理研公式Webサイトより抜粋)。画像13(中):BigRIPSの装置図解(理研公式Webサイトより抜粋)。画像14(右):SRC~BigRIPSでの生成分離の方法(理研公式Webサイトより抜粋) |
54Caの生成は、ゼロ度スベクトロメータで確認された。さらに、54Caの生成と同時に脱励起で放出されるカンマ線を、標的原子核の周囲に配置した高効率カンマ線検出器で測定したところ、54Caの励起準位のエネルギー値は、2043keVであることが判明したというわけだ(画像15・16)。なお今回の実験では、ほかの加速器施設では最低でも2週間程度かかるところを、わずか10時間で「所期データ」(初期データではない)を取得することに成功している。
画像15は、カルシウム(陽子数20:緑線)、チタン(陽子数22:赤線)、クロム(陽子数24:青線)の同位体の励起準位エネルギーの中性子数依存性。縦軸が励起エネルギー準位(単位はkeV)で、横軸が中性子数。赤い■が、今回測定した54Caの励起準位のエネルギー。上下端に矢印のついた黄色の線は、実験前のさまざまな理論モデルによる54Caの予想励起準位のエネルギー値。1400~3800keVまでとかなりの広さがある。
画像16は、中性子数N=30(青線)、32(赤線)、34(緑線)の同位体の励起準位エネルギーの陽子数依存性。N=32、34の時Zが20、28の魔法数になると、励起エネルギーが高くなる。N=30ではZ=20でも大きくはならない。N=34では、Zが20の時は、22に比べてエネルギー差が大きいことがわかる。
画像15(左):カルシウム(陽子数20:緑線)、チタン(陽子数22:赤線)、クロム(陽子数24:青線)の同位体の励起準位エネルギーの中性子数依存性。画像16(右):中性子数N=30(青線)、32(赤線)、34(緑線)の同位体の励起準位エネルギーの陽子数依存性 |
これまで中性子数34が魔法数かどうかの議論があったのは、54Caの励起準位におけるエネルギー値の予想値が1400~3800keVと、さまざまな理論モデルごとに大きな拡がりがあったことが理由の1つだ。しかし、今回の実験により、54Caの励起準位のエネルギー値は2043keVと確かめられた。これは、中性子数32の励起準位のエネルギーに比べると少し低いだが、魔法数ではない24、26、30のそれと比べると大きいことがわかる。
また、カルシウム同位体よりも陽子が2つ多いチタン同位体では、中性子数34での励起エネルギーは1200keVで、中性子数30とほぼ同じで小さい値となっているが、カルシウム同位体になると2043keVまで増え、安定性が急増する。もし、中性子数34が魔法数でないならば、カルシウム同位体でもチタン同位体と同様の結果になるはずだが、そうなっていないことは中性子34が魔法数であることを示唆しているという。そこで、54Caの励起準位のエネルギー値を理論モデルに適応し計算したところ、殻が大きく変化し、中性子数34が魔法数となっていることがわかったのである(画像17・18)。
画像17・18の4つの図は、魔法数34が出現する理論的な解釈を表したもの。陽子は赤丸、中性子は青丸で表示されている。陽子、中性子にそれぞれ殻があり、下から順番に陽子、中性子が詰まっていく。画像17の左は質量60の鉄「60Fe」(陽子26)、右は質量58のクロム「58Cr」(陽子24)、画像18の左は質量56のチタン「56Ti」(陽子22)、右は今回の質量54のカルシウム「54Ca」(陽子20)。陽子数は異なるが、中性子数は4種類とも34。
最も外側にある陽子の軌道はVf7/2軌道であり、この軌道と相性のよい中性子の軌道は、Vf5/2の軌道である。陽子数が最も多い鉄の場合、中性子のf5/2軌道が最も安定したところに位置し、陽子の数が減少していくと陽子・中性子間の相互作用が弱くなり、徐々に不安定になり中性子のvf5/2軌道は離れていく。この時、軌道間にエネルギーギャップが存在すると、その時の陽子数、中性子数は魔法数となる。カルシウムでは、とても不安定になってvf5/2の下にエネルギーギャップが生じ、魔法数34が出現する。
今回、54Caの中性子数34は魔法数であることが判明したが、54Caの陽子数20も魔法数であり、2重魔法数であることから、ほかの原子核にはない特別な性質を持つことが期待されるという。さらにいえば、54Caは宇宙での元素合成過程で重要な役割を果たしている可能性もあるとしている。今後、54Caの特異性を明らかにするために、54Caよりも重く中性子過剰な55Caや56Caの励起準位や質量、電磁モーメントを測定することが重要になるとした。
また原子核物理学の分野においては、重要な研究対象として「安定(原子核)の島」というものがある。安定の島とは、理論的に予想されている未発見の魔法数から予想されている原子核のことで、周囲は不安定な原子核ばかりなので、安定の島と呼ばれているのである。仮にこの原子核を発見できたとしたら、半減期は短くても1日、長いと1年程度はあるのではないかと予測されている。この安定の島への到達を目指した研究では、ウランよりも重い超重元素を作る必要があり、54Caと別の原子核を融合させる手法は有効かも知れないという。
その予想されている未発見の魔法数は、質疑応答で回答してもらった櫻井主任研究員によれば理論によって複数あり、陽子なら110、112、120など、中性子なら184が挙げられた。研究者によってほかにも予想している数値があるようで、筆者が調べた範囲では陽子数なら108、114、126、中性子数なら162、196なども魔法数候補として考えられているようだ。画像5(下にも再度掲載した)の核図表にはこれらの数値とそのラインは描かれていないが、中性子の184や196は画像の右側にはみ出してしまうと思われ、また陽子も120でギリギリ、126は上側にはみ出してしまうと思われる。どちらにしろ、安定の島の可能性がある原子核は、黄色いエリアにあることは間違いない。
櫻井主任研究員が挙げた原子を見てみると、原子番号110は人工的に作られた「ダームスタチウム」で安定同位体は存在せず、今のところ中性子数184の同位体は発見されていない(作るのに成功していない)。原子番号112の「コペルニシウム」も人工的に作られた元素で、こちらも安定同位体は存在せず、やはり中性子184の同位体は発見されていない。最後の原子番号120の原子は、生成に成功したという報告例が1例もないまったくの未発見で、仮称は「ウンビニリウム(Unbinilium)」とされている(原子番号119の「ウンウンエンニウム(Ununennium)」(仮称)以降は報告例もない完全に未発見の状態)。
ちなみに原子番号108は「ハッシウム」、原子番号114は「フレロビウム」。原子番号126はもちろん完全に未発見なので仮称だが、「ウンビヘキシウム(Unbihexium)」だ。ちなみに仮称は日本語的に見てしまうと、うなずいているようでまるで冗談みたいな名前だが、ラテン語の数字に由来しているそうである(アンノウンのunの意味があるのかと思っていたら、そうではないらしい)。
なお中性子数162はまだしも、184や196に至ると原子によっては陽子の倍近くなり、かなりの中性子過剰という状況だ。そうした原子核を作り出すには、「ホットフュージョン」と呼ばれる生成(合成)方法が用いられる。ホットフュージョンは、原子番号104の「ラザホージウム」以降の「超アクチノイド元素(超重元素)」を標的として、陽子数が10~20(ネオンからカルシウム)という比較的軽めの重イオンを照射して生成させる手法(複合核の励起エネルギーが35~45MeVとなる)だ。ホットフュージョンはこれまでも新元素の生成で利用されてきた方式だが、ウンウンエンニウム(119番)以降のまだまったく発見されていない新元素の生成には必須といわれる方式である。
ただし、中性子過剰になりやすい方式のため、生成に成功したとしても、「既知の原子核にたどり着かないため、新元素としての素性を明らかにしにくい」という問題点もある。2012年に理研が3例目の生成に成功したと発表した113番元素の場合もそうだったのだが、超アクチノイド元素は基本的に非常に短命なので、生成したそばから次々と連鎖的にα崩壊を起こして、原子番号で2、質量で4ずつ減っていく(画像19)。
113番元素の場合は、中性子過剰にならないコールドフュージョンという生成方式を使ったため、既知の原子核にたどり着いたが、国際的な命名権で争っている米ロ連合チームは同じ113番元素を生成したと発表しているが、既知の原子核にたどり着いていないため、理研に1歩劣っているというわけである(画像20)。なお、113番元素に関するレポート記事は、(記事はこちらとこちら)をご覧いただきたい。
下に画像5を改めて載せるが、この黄色+すみれ色+紫色のエリアは、存在は理論的に予想されているが、実際に生成されたことのない未知の原子核の存在エリアだ。中でもほぼ中央を通る安定核の黒のライン(その周囲の網目エリアは既知の放射性同位体の原子核)よりも下側の未知の原子核エリアは特に中性子が過剰となる。
ホットフュージョンの場合、新元素が生成されるのが、この中性子過剰エリア内というわけで、せっかく新元素を生成しても既知核にたどり着かないためにその素性がわからないのだが、その問題をどうやって解決するかというと、実は複数の方法があるという。
まず融合した瞬間に放射線の1種であるγ線が出てくるので、そのエネルギーから判定する方法が1つ。また、新元素が生成されてきて装置の中を移動して検出器の中で停止する過程でX線を放出するので、同様にそのエネルギーから判定する方法もある。また以前、聞いた話だが、生成された原子核がある程度寿命がある場合に限定されるが、その質量を調べてそこから判定するという方法もあるという。最終的にはそうした複数の方法を組み合わせて正確性を上げる形になるようだ。
また、113番元素の生成の時も、合計で1350京個もの亜鉛(質量70の「70Zn」)をターゲットのビスマス(質量209の「209Bi」)に通算で553日かけて照射してはじめて3例生成できたわけだが、生成確率の低いコールドフュージョンに比べ、ホットフュージョンは融合させやすいこと、さらに最終的に生成される原子核が魔法数を持っていて安定度が高い場合は、さらに融合しやすくなる可能性もあるという。よって、さらに高い確率で生成しやすくなる可能性もあるとしている。
それから、どういう組み合わせ(どの原子核をターゲットにして、どの原子核を照射するかというレシピ)については、ホットな題材として現在、世界中で先を争うようにして研究が進められているという。その組み合わせを見つけて実際に安定の島の原子核を生成することができれば、ノーベル賞を取れる可能性があるそうである。なお、今回の54Caはこの組み合わせの片割れとして使えるかも知れないということは先ほども述べたが、54Caは安定していることもあり、ホットフュージョンだけでなく、コールドフュージョンで照射する側として利用できるかも知れないとしている。
また今回の54Caの場合に起きた殻の変化について、魔法数34を予言した理論では、湯川秀樹博士が提唱したパイ中間子によって生成される核力の「非中心力」の成分がカギを握っているとする。電気を帯びた粒子間にはクーロン力が働き、その力は距離だけによるが、核子の間に働く核力には距離だけではなく、スピンに依存した非中心力成分「テンソル力」が働く。テンソル力は陽子、中性子の数によってその効果が変わり、軌道のエネルギーを変化させるという(画像6を下に再度に掲載)。
このテンソル力効果はカルシウム領域だけではなく、すべての原子核に適用でき、未知の領域における魔法数の喪失現象も予想している。理論と実験とが両輪となり、安定核だけでなく不安定核も包括した原子核の成り立ちについての統一的な理解に向けての研究が進み、殻の変化を引き起こす謎が解明されつつあるというわけだ。
そして最後に、安定の島の原子核はほかの原子核に崩壊するまでもっても1年ということだったが、今後生成されるであろう119番以降の新元素や、既知原子の未発見の同位体で、SFに出てくるような非常に便利なものがありえるのかどうか、というサイエンスオタクならではの質問を宇都野客員准教授、櫻井主任研究員のふたりにそれぞれしてみた。すると、ふたりとも「難しいでしょうね」というちょっとさみしい回答。113番元素を発見した理研 仁科加速器研究センター 森田超重元素研究室の森田浩介准主任研究員に話を聞いた時も同様の答えを得ているので、SFに出てくるような便利な架空の原子はなさそうである。
ただし宇都野客員准教授によれば、半減期に関しては、1年以上のもっと長いものも、可能性は低いけど絶対にないとはいい切れないう。地球上で発見できないからといって、もし地球誕生当初には存在していたとしても、半減期が100万年しかなかったら、現在までに約46億年も経っているわけだからとうの昔に別の物質に変わってしまっているというわけである。
しかし、地質学的スケールや宇宙スケールの時間で見たら短くても、半減期が1000年以上なら、ヒトの一生と比べたらずっと長いわけで、それがもし夢の金属とかだったら、十分使えるレベルとして考えられるようになるだろう(半減期があるということは放射性物質だから、身の回りで使うのは難しいだろうが)。超便利な未知の原子が発見される可能性は諦めてはいけないのである。
それに、原子番号が大きいということは当然重たいわけで、もしかしたらウラン並みに半減期が長いものもあって、地球とか惑星のコアに沈んでいるだけかも知れない(太陽に溶け込んでいる可能性も考えられるが、スペクトル分析でそういう未知の金属は今のところ検出されていないはずだ)。地球のコアを調べるのは相当難しいだろうが、火星や月などのコアの活動がもう停止している可能性が高い惑星や衛星なら中心部まで穴を開けやすいだろうから、その内、採取できるかも知れない。
一番良いのは、絶大なエネルギーが炸裂する天然の元素合成装置である超新星爆発の現場に行くことだろう。そこなら、120番新元素などといわず、200番新元素ぐらい軽く検出できそうな気がするのだが、どうだろうか? しかし、こんな科学的に不確かなただの妄想を記載していると、トンデモになってしまうので、ここら辺でやめておく(苦笑)。
なお最後に今後の理研 仁科加速器研究センターの計画について。RIBFを用いて、54Ca周辺だけでなく、未知の領域において新しい魔法数や魔法数喪失現象の探索を行う予定としている。その結果として、理論ではまだ予想されていない新しい殻構造の変化を発見できる可能性があるとした。