京都大学と浜松ホトニクスは、次世代型レーザ光源として、フォトニック結晶レーザの実用化に成功したと発表した。2014年春には、浜松ホトニクスよりサンプル出荷が開始される予定という。

同成果は、同大 工学研究科の野田進教授(光・電子理工学教育研究センター長)、浜松ホトニクス 中央研究所 材料研究室の渡邉明佳専任部員、杉山貴浩室員らによるもの。

レーザは、DVDやBlu-ray Discなどの光記録や、光ファイバを用いた通信、車体などの金属加工、レーザメスなどの医療用途などに応用されている。中でも、光記録や光ファイバ通信において必要となるレーザの出力は、ミリワット程度と小さいため、小型、低消費電力、安価な半導体レーザが用いられている。一方、各種金属・材料加工などのものづくり用途では、高出力かつ高光密度が要求されるため、大がかりな気体レーザや固体レーザ、ファイバレーザが用いられている。この金属・材料加工向けは需要が大きいことから、半導体レーザで高出力化、高光密度化が実現できれば、ものづくりのプロセスを一変させる可能性を秘めている。

一般に、半導体レーザで高出力を得るためには、発光面積を大きくしていくが、発光面積を大きくすると、レーザから出射されるビームの形状が、多峰化しビーム品質が悪くなってしまう。そのため、高光密度化を図ることは困難だった。野田教授と浜松ホトニクスは2007年度より、フォトニック結晶の形成法(有機金属気層成長法)に関して、連携開発を進めてきた。その結果、フォトニック結晶構造を、レーザ内部の不要欠陥を極力抑えた状態で形成できると同時に、形成されたフォトニック結晶構造に、高出力化に適した構造を採用することで、フォトニック結晶レーザの実用化に成功した。今回の製品は、光出力が0.2W(CW)クラスだが、今後は1~10W、さらには100W超まで高出力化した製品の実現を目指していくとしている。

フォトニック結晶レーザの基本構造は、電子と正孔が結合して光を出し、増幅する活性層近傍にフォトニック結晶を配置して、活性層に閉じ込められた光がフォトニック結晶の共振、回折効果を受けるように構成する。開発品は、出力を増大させるためにフォトニック結晶構造を最適化し、フォトニック結晶を形成後、有機金属気相成長法によりエピタキシャル成長することで素子の信頼性を向上させている。

図1 フォトニック結晶レーザの構造図。実用化したフォトニック結晶レーザの素子構造および結晶構造。活性層とクラッド層の間にフォトニック結晶を形成し、エピタキシャル成長させる

フォトニック結晶の内部では、周期的な屈折率分布の存在により、特定波長の光が特定の方向に対してフォトニック結晶面全体に定在する。開発品は、フォトニック結晶が正方格子構造を有し、格子点の間隔(周期)が活性層の発光波長の長さと一致するように設定されている。正方格子の辺方向を伝搬する光は、逆方向の-180度方向へ回折されるとともに、-90度および90度方向にも回折を受け、結果として、4つの等価な方向に伝搬する光が互いに結合し合うことにより、特定の波長と方向を持つ光波のみが安定に存在し、2次元共振器が形成される。これは、フォトニック結晶のバンド端における光の群速度零効果による定在波状態を利用したもので、その結果、2次元大面積共振作用が得られる。

さらに、フォトニック結晶により、結晶面に垂直な方向へも回折が生じるため、面発光出力が得られる。従来の面発光機能を持つレーザは、通常の端面出射型半導体レーザ同様、発光面積が広くなると、単峰性が崩れ、多峰性発振となりビーム品質が著しく劣化するが、同開発品はフォトニック結晶共振器により、安定な単峰ビームの発振が可能となり、ビーム品質は極めて優れたものとなっている。

図2 フォトニック結晶の回折状態。フォトニック結晶レーザ素子内で生じている、正方格子フォトニック結晶の回折状態。4つの等価な方向に伝搬する光が互いに結合し合うことにより、特定の波長と方向を持つ光波のみが安定に存在していることが分かる

このように、従来の半導体レーザでは発光面積を大きくすると、ビーム品質が劣化し発振が不安定となるが、開発品はフォトニック結晶により、大きな発光面積においても安定なレーザ発振が可能となるため、単一スペクトル、高ビーム品質な動作での大出力化が可能となる。具体的には、ビーム品質を示すM2と呼ばれる値が、理想的な値1に近い1.1が得られた。M2の半導体レーザで面積を大きくした場合、10を超えることを考えると、1.1という値は、極めて優れた特性を持つことを意味するとしている。

さらに、発振スペクトルも波長半値全幅が測定分解能の1nm以下であり、高いコヒーレンス特性を有している。大きな面積でコヒーレント動作をするため、ビーム広がり角も1度以下と極めて狭くなり、レンズフリー動作も可能となる。ビーム形状も、フォトニック結晶の格子点形状の制御により、きれいな円形となっている。

図3 従来型半導体レーザとのビームパターン比較図。フォトニック結晶レーザと従来型半導体レーザのビーム形状を示す概略模式図であり、今回の素子がビーム広がり角1度未満の高ビーム品質を有していることを示している

図4 フォトニック結晶レーザのビームパターンと波長特性。フォトニック結晶レーザが円形狭放射の高品質光ビームパターン、単一波長動作を同時に実現していることを示している

図5 開発したフォトニック結晶レーザ素子。開発したフォトニック結晶レーザ素子を、ベース材料へ組み立てた後の写真。素子のサイズはボールペンの先程度のサイズであることが分かる

開発品は、フォトニック結晶効果により、広い発光面積を持ちながら高ビーム品質・単一スペクトルで面発光の高出力動作が可能となり、高密度光が得られる。基本構造は通常の半導体レーザと類似しているため、フォトニック結晶構造を活性層近傍に形成するだけで容易に作製でき、信頼性も高い。また、放射ビームがほとんど広がらないため、集光レンズ系の簡素化、ファイバへの高い結合効率が可能となる。さらに、フォトニック結晶を形成した後、エピタキシャル成長により素子を完成させるため、低欠陥で高い信頼性が得られる。これらにより、レーザ装置の低価格化と小型化、高信頼性を実現する。

今後、光出力が0.2W(CW)クラスで、波長1060nm/980/940nm帯3種類の製品化を予定している。用途としては、直接レーザ微細加工用光源、各種励起用光源、プロジェクター用の波長変換用基本波光源、センシングや計測用光源、位置検出、測距イメージセンサ、プロファイル測定、モーションセンサなどが挙げられる。さらに、光出力を増大させれば、車体などの金属加工など、広範なものづくりの現場に応用されることが考えられるとコメントしている。