東北大学は9月20日、中性粒子ビーム加工技術を用いてグラフェンシートに損傷を与えず、無欠陥エッジ構造を持つグラフェンナノリボンを作製し、104以上の高いオン/オフ比を有する電気特性を実現したと発表した。
同成果は、東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)および流体科学研究所(IFS)の寒川誠二教授らによるもの。詳細は、9月24日~27日に開催される「2013年国際固体材料素子コンファレンス(2013 International Conference on Solid State Devices and Materials:SSDM2013)」にて発表される。
半導体産業では、新規材料の導入や微細化の研究が盛んに行われている。中でも、トランジスタの高性能化の研究は極めて重要となっている。集積回路の高性能化には回路の微細化が不可欠だが、現在の2次元平面的広がりを必要とする素子技術では、微細化した回路素子からのリーク電流による発熱が大きくなり過ぎて、22nmプロセス以降の超高集積回路の実現は難しいとされている。
この壁を打ち破るため、シリコンに代わる材料(チャネル材料)に2次元構造であるグラフェンを用いたトランジスタの開発が期待を集めている。グラフェンは、伝導帯と価電子帯が接する付近でバンド構造が直線に表わされるため、有効質量がゼロとなり非常に大きな電子移動度を示す。理論的には、シリコンの1000倍の移動度が予想されており、実験的にもシリコンの10倍程度の移動度が得られている。最大の課題は、バンドギャップの大きさが0であることで、わずかな熱エネルギーで電子を伝導帯に励起できることを示しており、高い電気抵抗の状態にすることができない。デジタル用途への応用は、大きな信号のオン/オフ比を得ることが重要であり、信号強度を大きくするために、できるだけ高い電気抵抗にできることが望ましい。
いくつかの方法でグラフェンのバンドギャップを広げる試みがあるが、その1つの方法としてグラフェンシートの幅を狭くするグラフェンナノリボンがある。グラフェンナノリボンのバンド構造についての理論計算から、リボンの方向によって金属的になったり、0以上のバンドギャップを持つ半導体になったりすることが示されている。特に、グラフェンナノリボンのエッジ構造がアームチェア型の場合にバンドギャップを持つ半導体的特性になり、ジグザグ型の場合には金属型となることが予測されている。しかし、実際には広いバンドギャップや大きなオン/オフ比は得られておらず、理論と一致していない。これは、プラズマ加工時における荷電粒子や紫外線によりグラフェンナノリボンのエッジに欠陥が生成されるためと考えられている。
研究グループでは、電子ビーム露光技術と寒川教授が独自に開発した中性粒子ビーム加工技術を組み合わせて30~100nm幅のグラフェンナノリボン構造を作製し、その上にCr/Au電極を形成することでトランジスタ構造試作を行い、電気特性を測定した。
その結果、電流電圧特性のオン/オフ比が従来のプラズマエッチングにおいて形成されたグラフェンナノリボンでは得られなかった104以上を実現することに成功した。また、このオン/オフ比より算出されたバンドギャップは0.45eVと高い値を示したという。
これは、酸素中性粒子ビームによる加工では基板表面に対して荷電粒子や紫外線の照射が抑制され、表面欠陥の生成が完全に抑制できているため実現しているという。カーボン系材料であるグラフェンは紫外線に極めて弱く、加工エッジより10nm程度の深さまで侵入して欠陥を生成する。このグラフェンナノリボンのエッジ制御は極めて難しく、グラフェンを用いた高移動度トランジスタの実現に大きな障害になっていた。しかし、中性粒子ビーム加工を用いて欠陥のないグラフェンナノリボンエッジが実現できたことから、今後グラフェンナノリボントランジスタの開発が大きく前進することになる。
実際にプラズマおよび中性粒子ビームで加工した30~100nmのグラフェンナノリボン構造におけるラマン分光における欠陥比率(ID/IG)を確認すると、中性粒子ビームで加工した場合にはプラズマで加工した場合に比べて圧倒的に欠陥密度が低いことが分かる。さらに、その欠陥密度はカーボンナノチューブを熱処理による応力で割って形成したグラフェンナノリボン構造のエッジにおける欠陥密度とほぼ同等であり、理想的に近いエッジ構造になっていることが分かった。
グラフェンは、まだ実用化に向けた加工技術がほとんど未開発の状態である。具体的には、原子1層分の精度の製膜技術や、グラフェンのエッジ部の化学的状態を制御しながら、原子オーダーの精度でデバイスを加工し、しかも特性を劣化させないプロセス技術を研究開発していく必要がある。プラズマを用いたプロセスでは、励起されたラジカルやイオンの照射により、表面反応が進行するため、従来の熱プロセスに比べて圧倒的に低温プロセスが実現できる。しかし、プラズマから照射される放射光(特に紫外線)により、基板表面から数十nm以上の深さで欠陥が生成される。特に、ナノ構造になると、構造全体に欠陥が生成されるためにデバイスとしての機能を果たすことができなくなる。
中性粒子ビームによる加工・表面改質・材料堆積技術は、現在の半導体業界が直面している革新的ナノデバイスの開発を妨げるプロセス損傷を解決するまったく新しいプロセス技術だと考えられる。また、同技術を用いた装置はプラズマプロセスとして実績があり、すでに用いられているプラズマ源をそのまま利用し、中性化のためのグラファイトグリットを付加するだけで実現できることから、今後、サブ10nm以降のグラフェンナノリボンのような先端ナノデバイスにおける革新的なプロセスとして実用化されていくことも大いに期待される。すでに、大手装置メーカーにて開発が進んでおり、近い将来、実用化される見通しという。
また、グラフェンはバルク部分を持たず、性質が表面の状態に敏感に影響される。このため、同プロセス技術は、特性を高く保ち環境に影響されない表面保護技術の研究開発も不可欠となる。さらに、これらは電子デバイスを形成し得るだけの均一性も求められる。中性粒子ビーム技術は、すでに均一大面積プロセスを実現できるプラズマ源を基盤に装置が実現できるため実用的であり、今後、グラフェンの特性を活かすために、中性粒子ビーム加工技術だけでなく、中性粒子ビームを用いた表面改質・修飾技術の研究開発を進めて実用的なデバイス開発を推進していくとしている。