理化学研究所(理研)は9月9日、日本鉄鋼協会 研究会Iの活動の一環として、理研が開発した小型中性子源システム「RANS(ランズ)」を用いた中性子イメージング法により、橋梁などに用いられる鋼材の内部腐食を非破壊で可視化することに成功したと発表した。

同成果は、理研光量子工学研究領域 中性子ビーム技術開発チームの大竹淑恵チームリーダー、竹谷篤 副チームリーダー、須長秀行研究員、山田雅子特別研究員らと同研究会メンバーでテーマの提案者である神戸製鋼所材料研究所の中山武典研究首席らによるもの。詳細は、9月17日~19日にかけて開催される日本鉄鋼協会による「第166回秋季講演大会」にて発表される予定。

日本の橋梁などのインフラ構造物の多くが高度成長期に建設されており、その老朽化に対応するための維持管理コストの増加が問題となってきている。

特に橋梁などに利用される鋼材の最大の弱点はさびやすい(腐食)ということであり、その防止手段の6割が塗装を採用しているが、時間経過に伴い、塗膜の欠陥部などから水分が侵入し、塗膜下の腐食が進行するため、定期的な塗り替えが必要となっている。現在、そうした腐食進行を遅らせる塗装法や合金鋼などの開発が進められているが、より詳細な開発を進めていくためには、内部腐食メカニズムの解明が不可欠となっている。しかし、実際の鉄鋼構造物の塗膜下腐食は、降雨や結露によって塗膜下に水が浸入することで進行するため、塗膜下の腐食メカニズムの解明には塗膜下における水の出入りの挙動を観察する必要があるにも関わらず、従来のX線検査では水に対する感度が低いほか、鋼材に対しての透過能が不足しているため、塗膜下における水の出入りの挙動を可視化することはできなかった。

日本の腐食対策費の推計額を社団法人 腐食防食協会(現 公益社団法人 腐食防食学会)が調査したもの。金額は1997年の日本国内の腐食対策費で、その総額は3.9兆円と推計され、中でも塗装が2.3兆円(58.4%)を占める。この表のコストは、直接経費(塗装費用など)だけの推計であり、実際に腐食不具合がある場合、生産休止に伴う損失額などのコストも生じることから、実際の腐食に関するコストを試算した場合、その総額は直接経費のおよそ3倍と見積もられ、1997年であっても腐食損出額は10兆円規模と推定されることとなる。ちなみに、日本全国には道路橋が約16万あり、その内、寿命目安の50年を超えるものは、2013年でおよそ9%、10年後の2023年には26%と増え、20年後の2033年には50%を超えると予想されている。また、水門など川の施設や港の岸壁も20年後には半数以上が寿命を迎えると見られており、一般環境において100年寿命とした鉄鋼橋梁の場合、一般的な塗装では100年間に9回塗り替えが必要とされていることから、100年間の塗装費用総計(ライフサイクルコスト:LCC)は50,200円/m2と見積もられ、この塗装が長持し、塗り替え回数が3回に減るとLCCは23,200円/m2、1回になるとLCCは13,700円/m2と、コストの低減が図れると見積もられている

近年、X線に比べて透過力が格段に高く、腐食に関係する水の検出能力が優れている中性子イメージング法が注目されるようになってきたが、中性子イメージングを行うための中性子源は、大強度陽子加速器施設J-PARCなどに大型装置はあるものの、数が少ないことからリソース不足であるといった難点があった。

そこで研究グループは今回、産業界や大学の研究者などが導入・使用しやすいように簡易・小型化を図った中性子源システム「RANS」を開発した。

理研小型中性子源「RANS」の装置全景。右側の陽子線線形加速器より7MeVに加速された陽子線が、中央の青い立方体内でベリリウムに衝突し、核反応(Be(p,n)B)により中性子(n)が発生する。その後、ターゲットより5m飛行した中性子がサンプルに当たり、透過像が検出器に映し出される。ちなみにRANSの大きさは、約長さ15m、幅2m

同システムを用いた一般的な鋼材である炭素鋼(普通鋼)と塗装用鋼として橋梁に実際に使用されている合金鋼それぞれに対する中性子イメージングとして、所定の促進腐食試験により塗膜に人工的に欠陥を作り、そこを起点にできたふくれを成長させてイメージングを行った結果、普通鋼、合金鋼ともに、塗膜下の可視化が可能である成果を得たという。

具体的には、自然乾燥状態において、塗膜下で生成したさび成分(水酸化鉄)のほか、さび層の欠陥あるいは塗膜や鋼材界面の残存水に由来するコントラスト(中性子線透過率の減衰)が観察されたとのことで、同コントラストは、普通鋼、合金鋼ともに水に浸たすと強まり、逆に、乾燥させると弱まることが確認され、研究グループでは、このコントラストの変化について、塗膜下の水分量の変化を反映したものであると考えられると説明する。

中性子透過像の一例。RANSによる水分含浸状態の合金鋼(左)と普通鋼(右)の中性子イメージング。画像中心部に見られる"しみ"のようなものが水の浸入した部分

また、普通鋼と合金鋼の腐食過程の違いとして、普通鋼に比べて合金鋼は、さび分布が細かく、水の出入りが人工的に作った塗膜の欠陥付近だけに局在化し、その他の塗膜下には水が供給されていないことも判明。この結果について研究グループでは、普通鋼に比べて合金鋼は塗膜下の腐食が進行しづらく、塗装による耐食性が優れることを示唆するものであるとしている。

普通鋼(S18)と合金鋼(E16)の水分含浸直後と乾燥後の中性子強度比。塗膜下腐食のある普通鋼、合金鋼を水に浸した直後、ならびに乾燥後の2通りの状態での中性子透過強度の比(乾燥/含水)を表したグラフ。横軸0は、人工的な塗膜の欠損部分。縦軸は、乾燥後の中性子強度分布/含水直後の中性子強度分の比で、水の出入りの度合いを示し、出入りがあると比は1より大きくなるが、水の出入りがないと1近辺の値となる。これより、普通鋼に比べて、合金鋼では水の出入り領域が狭く、腐食が進行しにくいことが示されている

今回の成果を活用していくことで、中性子イメージングによる鋼材の塗膜下腐食の可視化研究が進み、その結果、塗膜下の腐食メカニズムの解明につながるほか、塗膜下腐食を抑制する新しい塗装法や新しい鋼材の開発による塗装構造物の長寿命化が実現されることが期待されると研究グループは説明する。また、橋梁をはじめ、老朽化が急速に進んでいるインフラ構造物の安全の確保や維持管理コストの低減なども図ることが可能となることから、将来的な日本の鉄鋼研究、さらには関連する建築・工業分野などのポテンシャルの向上に結びつくと期待できるとコメントしている。