東京大学(東大)は、難治がんとして知られる膵がんを自然発生する遺伝子改変マウスを用いて、精密設計高分子材料の自己組織化により形成されるナノキャリア(高分子ミセル)の有効性を検証したところ、白金抗がん剤を内包した高分子ミセルは、自然発生膵がんに効果的に集積し、優れた治療効果をもたらすことを確認したと発表した。
同成果は、同大大学院工学系研究科マテリアル工学専攻/大学院医学系研究科疾患生命工学センター臨床医工学部門の片岡一則 教授らによるもの。詳細は「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載された。
ドラッグデリバリシステム(DDS)を利用したがん標的治療は、抗がん剤などの薬剤をがん組織に選択的に送達することによって、副作用を示すことなく優れた治療効果をもたらす画期的ながん治療法として注目されている。DDSの固形がんへの集積メカニズムは、腫瘍における血管壁の透過性亢進と未発達なリンパ系の構築に基づくEnhanced Permeability and Retention(EPR)効果により説明されているが、これまで自然発症固形がんにおいてEPR効果に基づくDDSの有効性を実証した例はなかったという。
そこで、今回、研究グループは、膵がんを自然発生する遺伝子改変マウスを用いて、精密設計高分子材料の自己組織化により形成されるナノキャリア(高分子ミセル)の有効性を検証した結果、白金抗がん剤を内包した高分子ミセルは自然発生膵がんに効果的に集積し、優れた治療効果をもたらすことが確認されたという。
特に、治療実験において、白金抗がん剤内包ミセルは、フリーの白金抗がん剤では抑制効果が見られなかった肝臓や小腸への転移やがん性腹水を完全に抑制し、マウスの生存期間を延長させることが可能であることが示されたという。
具体的には、フリーの白金抗がん剤治療での70日後のマウス生存率は20%以下であったが、抗がん剤内包ミセルによる治療では全匹生存していたとする。また、白金抗がん剤内包ミセルの膵がんに対する治療効果は、血中の腫瘍マーカー(CA19-9)の減少からも確認されたという。
現在、この白金錯体抗がん剤内包ミセルは実際に膵がん患者を対象とした臨床試験が行われているとのことで、実際に延命効果が約3カ月の従来の標準薬物治療と比べ、ミセル投与群では1年を超えて生存する例も出てきているとのことで、研究グループでは、今回の結果がこうした臨床での効果を科学的に立証するものになると説明するほか、現在、膵がんは、有効な診断・治療法が確立されておらず、5年生存率も難治性がんの中でももっとも低いが、今回の成果をもとに、膵がんに対する治療法の確立の可能性が高まったとコメントしている。