分子科学研究所(IMS)と理化学研究所は8月23日、シリコンに用いられている「歪み制御」技術を利用し、有機物に電圧を加えることで動作する超伝導スイッチを開発したと発表した。これにより、将来、低コストかつ省エネルギーで製造可能なフレキシブルデバイスの開発に弾みがつくとしている。

同成果は、IMS 協奏分子システム研究センターの山本浩史教授、須田理行助教、理化学研究所の加藤礼三主任研究員、同所 創発物性科学研究センターの岩佐義宏チームリーダー、中野匡規客員研究員(現東北大学)らによるもの。詳細は、「Nature Communications」に掲載された。

超伝導とは、伝導体の電気抵抗がゼロになる現象のことであり、医療用MRIや化合物同定に使うNMR、生体磁気センサ、電圧標準などに用いられている他、電車用の送電線やリニアモーターカー、船舶用モータなどの省エネ技術として実用化に向けた開発が進められている。また、最近の研究では、超高速、省電力コンピュータや、高速暗号解読に有利と言われている量子コンピュータなどへの応用でも注目されている。この研究の中で、有機物も温度を下げると超伝導状態へと変化することは以前から知られていたが、超伝導をより高度に利用するためには、電圧でのスイッチ(トランジスタ動作)が重要となる。しかし、有機物を使って超伝導体と常伝導体の間を電圧でスイッチする方法は解明されていなかった。

今回、研究グループはκ-Br(κ-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Br)という有機物質を用いて電界効果トランジスタを作り、その歪みをゲート基板によって制御することによって超伝導スイッチを実現した。現在、SiGeデバイスで広く用いられている歪み技術では、GeとSiの結合長ミスマッチによる歪み生成が用いられているが、今回の実験では有機物(κ-Br)と無機ゲート基板(ニオブをドープしたチタン酸ストロンチウム:Nb-SrTiO3)との熱膨張係数ミスマッチによって歪み制御を実現している。同技術により、κ-Brの歪みをちょうど超伝導と絶縁体との間で相転移が起きるぎりぎりのところに制御することができる。このような状況でゲート電圧(VG)をかけて電場を加えると、電圧が9Vのところで超伝導状態へと変化し、電気抵抗が突然下がるという現象が観測されたという。

図1 デバイス模式図とスイッチングの様子。左のオフ状態ではκ-Brが絶縁体(桃色)となっているが、ゲート電圧をかけると超伝導体(黄色)が島状に出現し、島と島が互いにつながるとスイッチがオンになる

図2 ゲート電圧によって誘起された超伝導転移。各ゲート電圧(VG=-3V~9V)において、温度を変化させながら測定したデバイスの電気抵抗。ゲート電圧がマイナスの場合は温度を下げると抵抗が増大するが、正のゲート電圧をかけた場合は徐々に抵抗が減少し、VGが9Vに到達すると、5Kで超伝導転移が起きてデバイスがオンになる

有機トランジスタは、ディスプレイなどの大面積デバイスを作る際に、印刷や塗布で製造できるので、安価で環境にやさしい電子回路として注目を集めている。また、素材が軽くて柔らかいため、落ちても割れないフレキシブルな電化製品を作るのに適しているとされている。このため、有機トランジスタは世界中で盛んに研究されているが、スイッチがオンになったときに流れる電流が小さいことが、動作速度を上げる時のネックになっていた。今回開発したデバイスでは、超伝導という究極の伝導性を使って、有機トランジスタでも大きなオン電流が流せることを証明した。同じような原理で金属状態と絶縁体状態をスイッチする有機デバイスが室温で動作するようになれば、これまで有機トランジスタの弱点であったオン電流の問題を解決し、多くのフレキシブルデバイスに採用されるようになると考えられるとコメントしている。