農業生物資源研究所(生物研)、コロンビア・国際熱帯農業研究センター(CIAT)、名古屋大学、農業・食品産業技術総合研究機構 作物研究所の4者は8月2日、イネの根を深い方向に伸ばす遺伝子を発見し、根の張り方が浅いイネに同遺伝子を導入すると根が深くまで伸び、その結果として干ばつに強くなったことが確認されたと共同で発表した。

成果は、農業生物先端ゲノム研究センターの矢野昌裕センター長、同・イネゲノム育種研究ユニットの宇賀優作主任研究員らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、8月4日付けで英科学誌「Nature Genetics」に掲載された。

干ばつは、食料不足をもたらす主要な原因の1つであることは説明するまでもない。国連の予測によると、2025年の時点でも、27億人が深刻な水不足とそれに伴う食料不足に直面するとされている。さらには、21世紀半ばには世界人口が90億人に達し、100億人の大台もそう遠くない状況に突入するという。将来の人口増加と水不足が懸念される中、国際水管理研究所は2025年までに干ばつ地域における作物生産を40%以上増産することが必要であると訴えている。

イネの場合、天水田(灌漑施設がなく、雨水のみでイネが栽培される水田)など世界中で干ばつのおそれのある水田面積は2300万ヘクタールあり(国際イネ研究所、2002)、日本の作付面積158万ヘクタール(農林水産省、2012)のおよそ14倍にもなる。これらの地域では、干ばつによる収穫量の激減が大きな問題であり、米の増産どころか安定生産すら容易ではない。このような干ばつ地域で米の安定生産を行うためには、干ばつに強いイネの開発が不可欠となる。

一般に、水田で栽培される「水稲」は、畑作物に比べると根の張り方が浅く、土壌の表面付近の水しか利用できない。そのため、水稲は干ばつによる土壌の乾燥に弱く、すぐに枯れてしまうという弱点を持つ。一方で、焼き畑や、天水田などの比較的乾燥した土地で栽培される「陸稲(おかぼ)」は、根が深くまで張り、干ばつ時にも土壌深層の水を利用して被害を回避することができる。

根の伸長方向と乾燥耐性との関係をイメージした図が画像1だ。浅根品種と深根品種ともに、根の長さが同じだと仮定。雨が降らないで土壌表面が乾燥してくると、浅根品種は土壌深層の水に根が届かずに枯死してしまうが、深根品種は深層の水を吸収することができるので、枯死を回避することができるというわけだ。

画像1。根の伸長方向と乾燥耐性との関係(イメージ図)

しかし、陸稲は一般に低収量で食味もよくないため、世界的に見ても広く栽培されていない。そこで研究チームは今回、根の張りが浅く(浅根)干ばつに弱い水稲品種に、陸稲の深根性に関与する遺伝子を導入することで、干ばつに強いイネを開発することを目標として、熱帯アジアで広く栽培されている、浅根の多収水稲品種「IR64」に深根性を付与する研究に取り組んだ次第だ。

研究チームはまず、遺伝学的な手法により、深根の陸稲、品種名「Kinandang Patong」から深根性に関わる「DRO1遺伝子」を特定。この遺伝子の機能について解析がなされ、その結果、根の先端で働き、「重力屈性」(植物の芽は重力の反対方向に、根は重力と同じ方向にという具合で、重力に対して決まった方向に伸びる性質のこと)に関与していることが判明した。陸稲はDRO1遺伝子が機能して深根性となるが、IR64ではDRO1遺伝子の一部が欠損しており、その結果、根の重力屈性が低下して、浅根性となっていることも確かめられたのである。

続いて研究チームは、「DNAマーカー選抜育種」(品種間のDNA塩基配列の差を目印(マーカー)として、交雑育種で得られた多数の個体の中から目的の遺伝子を持つ固体を選ぶこと)により、陸稲のDRO1遺伝子をIR64へ導入。干ばつのない通常の状態の畑で栽培すると、DRO1遺伝子を交配により導入したIR64は、通常のIR64と比較して根の長さは変わらないが、根の伸びる方向だけが下向きになり、通常のIR64より2倍以上根が深く張ることが確認された(画像2)。なお、DRO1遺伝子は、12本ある染色体の9番目にある。

画像2。DRO1遺伝子導入による根への影響。A:イネの染色体イメージ図、B:土壌中の根の分布状態

次に、CIATにおいて干ばつを再現した畑でDRO1遺伝子を導入した改良型IR64と通常のIR64を栽培し、両品種の収量の比較が行われた(画像3・4)。そして中程度の干ばつ条件では、IR64の収量は通常の畑で栽培した場合の半分に減少するが、DRO1遺伝子を導入したIR64では、通常時と同程度の収量が保たれることが判明したのである。さらに厳しい干ばつ条件では、IR64はほとんど収穫できなかったのに対し、DRO1遺伝子を導入したIR64では通常時の30%程度ではあるが収量が得られた。一方、通常の畑で栽培した場合の収量は、両品種でほぼ同じであることも確かめられている。

浅根品種へのDRO1遺伝子導入による乾燥耐性の効果。画像3(左):厳しい干ばつ条件で育てた時の様子。浅根品種(IR64)は枯れている個体もあるが、DRO1遺伝子を導入したイネは枯れずに穂が出ている。画像4:干ばつ条件で育てた際の収量の比較

遺伝子組換えイネによる解析の結果から、DRO1遺伝子の根端での働きを強めると、働きの強さに応じて根がより深くなり、逆にDRO1遺伝子の働きを弱めると、根が浅くなることも判明。今回の研究で、DRO1遺伝子の働く強さをコントロールすることで、イネの根を浅根から深根に、深根から浅根に自由に変えることが可能になったのである。

今後の予定だが、まずフィリピンの国際イネ研究所と共同で、改良型IR64のアジアにおける普及を目指して、干ばつが問題となっているアジアの天水田で実際に評価する計画が進められているところだ。現在、国際イネ研究所において同品種の予備試験が行われている最中である。さらに、ラテンアメリカのイネへのDRO1遺伝子の導入および評価をCIATと進めることも計画されているところだ。また深根性の改良は、単に乾燥耐性を強化するだけでなく、例えば国内のイネ品種の耐倒伏性や登熟性の改善にも寄与することが期待されているという。

今回の研究では、実はイネだけでなく、トウモロコシやソルガム、オオムギなどのほかの作物においてもDRO1遺伝子によく似た遺伝子が存在することを、研究チームは発見している。世界各地で発生する干ばつ被害に対し、こうした遺伝子を活用した耐干ばつ性新品種を開発することにより、トウモロコシのような畑作物の安定生産にも貢献できると期待しているとした。