京都大学は6月24日、福井大学、金沢大学との共同研究により、「青年期高機能自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorder:ASD)」を持つ人に日常的なできごとが書かれてある物語文を読んでもらい、文の読み時間と自閉症尺度との相関分析の結果、実験参加者のASD傾向が高いほど、定型発達(Typically Developing:TD)の人物が書かれた物語の読みに時間がかかることがわかり、文の再認の結果、ASD群は自分と類似したASDの人物が書かれた物語の検索に優れることが明らかになったと発表した。
成果は、京大 白眉センターの米田英嗣 特定准教授、福井大の小坂浩隆特命准教授、同・齋藤大輔特命准教授、同・猪原敬介学術研究員、同・石飛信助教、同・佐藤真教授、同・岡沢秀彦教授、金沢大の棟居俊夫特任教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、6月24日付けで英科学誌「Molecular Autism」に掲載された。
ASDを持つ人を対象とした従来の研究は、TDの人を対象に作られた刺激を用い、ASD群とTD群を比較し、TDの人が作った基準によって、ASDを持つ人たちが不得意なことを探す研究が多かったが、近年、TDの人たちを対象とした物語理解の研究において、自分と類似した性格を持つ主人公が書かれた物語を理解しやすく(画像1)、共感が生起する(画像2)ことが明らかになってきた。
TDの人たちが自分と類似した他者について理解しやすいのと同じように、ASDを持つ人も自分と類似したASDを持つ他者について理解しやすい可能性が考えられるという。そこで、今回の研究では、ASD群は、ASDの傾向を持つ人物が登場する物語に対して、記憶の促進が起こると予測した上で研究が進められた。
なお画像2の表は、視点取得、認知的共感、外向性得点、神経症得点という変数が、外向的な主人公、神経質な主人公、性格について記述されていない主人公に対する共感をどれだけ説明できるかを示した重回帰モデルで、実験参加者の外向性得点が高ければ高いほど外向的な主人公に共感し、実験参加者の神経症傾向得点が高ければ高いほど神経質な主人公に共感することを示している。
ASDを持つ人物が登場する物語と、TDの人物が登場する物語を、18名のASDの成人と、18名のASD成人と同じくらいの年齢、知能指数を持つ17名のTDの成人に読んでもらった結果が、画像3だ。24個の物語を読み終わった後、呈示される文が先に読んだ物語の中に出てきたかどうかを判断してもらう、再認課題が行われた(画像4)。
画像3。6文構成の物語文を、1文ずつ各自のペースで読んでもらい、物語の理解度を確認した後で、次の物語に移行。エピソード(ASD・TD)、エピソードとターゲットとの間の一貫性(あり・なし)を操作 |
画像4。前に読んだ物語の中に出てきた文かどうかを、2択で判断 |
TDの人は、TDのエピソードの方がASDのエピソードよりもすばやく再認できたのに対して、ASDを持つ人は、ASD人物が登場する一貫性のある物語を、ASD人物が登場する一貫性のない物語よりもすばやく検索できた(画像5・6)。このことは、ASDを持つ人は、ASDの物語を記憶する際に、文脈と一貫性のある形で貯蔵していることを示しているという。
画像5は、
画像5(左)・6(右):グループ(ASD群・TD群)、一貫性(あり・なし)、エピソード(ASD・TD)を要因とした分散分析が行われた結果、交互作用が得られた形だ。これらのグラフは、下位検定において有意な差が得られたところを抽出して図示している。縦軸の単位は、ミリ秒。(Komeda et al(in press)Molecular Autismを改変) |
今回の研究では、ASD群、TD群それぞれ自分と類似した人物が登場する物語に選択的な反応を示したが、その反応の現れ方が異なるということが明らかとなった。つまり、ASD者は他者に対する理解や記憶が劣っているのではなく、異なった方略によって処理しているということが示され、ASDの特性メカニズムを解明するのに大きく前進したという。臨床場面への応用として、ASD傾向の強い人ほど、ASDの援助者にふさわしいかも知れないという知見を提供できると考えられ、教育場面への応用として、特別支援学級をデザインする際にも有効な提言が可能になるかも知れないとする。
またASDを持つ人は他者に対する共感が乏しいといわれているが、今回の実験から、自分と似ていないTDのほか者に対してのみ共感することが難しいのかも知れないという。よって、ASDを持つ人が、ASDを持つ他者に対して共感できるかを検討することが必要だとする。研究チームは今後、ASDを持つ人によるASD傾向を持った他者に対する共感、そしてASDの児童を対象にした研究を行っていくとした。