東京大学は5月9日、トウモロコシの「ムギネ酸類」の分泌に関わるトランスポーター(膜輸送体)遺伝子「ZmTOM1」を発見し、黄色い縞模様の葉が特徴のトウモロコシの変異体「yellow stripe3(ys3)」では同遺伝子の発現が野生型株に比べて著しく減少していることを見出した上に、同遺伝子には最終的に除去されるはずの塩基配列「イントロン」が含まれているために遺伝子として壊れていることを明らかにしたと発表した。

成果は、東大大学院 農学生命科学研究科 農学国際専攻の野副朋子特任研究員、同・西澤直子特任教授(現・石川県立大学生物資源工学研究所教授)、同・中西啓仁特任准教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間5月9日付けで米オンライン科学誌「PLoS ONE」に掲載された。

鉄は、体内では赤血球に必要なことなどからヒトなど多くの動物に必須の元素であることはよく知られているが、植物にとっても必須な微量元素だ。通常の土壌中に鉄は豊富に存在するが、その大部分は水に溶けにくい「三価鉄」として存在する。

しかし、世界の陸地の約30%を占める石灰質アルカリ土壌では、その名の通りにpHが高い(=アルカリ性)ためにほとんどの「不溶態」となり、つまり鉄が水に溶けている鉄が少なくなってしまい、植物が利用できる鉄が少なくなってしまう。その結果、石灰質アルカリ土壌で生育した植物は葉が黄色くなる「クロロシス」などの鉄欠乏症状を示し、収量が激減してしまい、ひどい場合には枯死してしまうのだ。

研究チームは、こうした不良土壌でも生育できる植物の開発を目指し、植物がいかに土壌から鉄を獲得するかを明らかにするための研究を行ってきた。現在、世界人口は爆発的に増加しており、今後予想される食糧難解決に不良土壌でも生育できる作物の開発は必須である。また温暖化の原因となっている二酸化炭素を減少させる上でも、不良土壌の緑化が求められている状況だ。

植物が鉄を獲得するためにさまざまな適応戦略を進化させてきた。例えばイネ、トウモロコシなどの主要穀物が属するイネ科植物は「三価鉄キレーター」であり、「ムギの根から分泌される酸」に由来するムギネ酸類を用いて土壌から鉄を獲得する。

ムギネ酸類は、イネ科植物が土壌中の難溶性の鉄を溶かして吸収するために根から分泌するキレート物質のことで、「ファイトシデロフォア」の別名も持つ。ムギネ酸類はS-アデノシルメチオニンを前駆体として合成され、ムギネ酸類の中で最初に合成されるのが「デオキシムギネ酸」だ。イネ、トウモロコシではデオキシムギネ酸のみが合成され、オオムギなどではその後さまざまな種類のムギネ酸類に変換されるようになっている。

具体的に、ムギネ酸類はどのようなタイミングで合成され、そして利用されるのかというと、イネ科植物の場合は鉄を必要とした段階でムギネ酸類の合成を行い、根からムギネ酸類放出トランスポーターの「TOM1」を介して「根圏」(根の影響を受ける周辺の土壌)へと分泌されていく。そして可溶化した「三価鉄-ムギネ酸類錯体」を、イネ科植物は根の表面に存在する三価鉄-ムギネ酸類錯体トランスポーターの「YS1」を介して吸収するというわけだ。

分泌されたムギネ酸類は土壌中の不溶態三価鉄をキレートして可溶化する。なお、キレートとは、複数の配位座(配位結合した分子=「錯体」の中心の原子の位置)を持つ化合物(多座配位子)による金属原子あるいはイオンへの結合(配位)をいう。

またトランスポーターとは、生体膜を横切って有機物や無機物イオンなどの物質輸送を行うために存在する膜タンパク質のことで、生物の細胞は脂質の膜で覆われていることから、生体の養分摂取や、生体細胞間の物質分配などに重要な仕組みだ。

画像1。イネ科植物の鉄獲得機構 土壌中の不溶態の三価鉄を獲得するため、イネ科植物はキレート戦略を進化させてきた。分泌されたムギネ酸類は不溶態酸化鉄をキレートして可溶化する

トウモロコシ鉄栄養変異体「Yellow Stripe1(ys1)」およびys3(画像2)は、通常に生育させても「葉脈間クロロシス」などの鉄欠乏症状を示す自然突然変異体である。ys1は三価鉄デオキシムギネ酸錯体を吸収できない変異体であり、ys3はデオキシムギネ酸を分泌できない変異体だ。

画像2。トウモロコシ鉄栄養変異体「yellow stripe3(ys3)」

自然突然変異体の遺伝子欠損部位の特定は、野生型株との掛け合わせを行い、変異形質がどの遺伝子マーカーと挙動を共にするか調べることにより大体の「染色体上DNA領域(Quantitative trait locus:QTL)」を特定するのが一般的である。ys1変異体の場合には、QTLから三価鉄デオキシムギネ酸の吸収を担うトランスポーターのYS1遺伝子に変異があることが特定され、2001年に報告された。

一方、ys3のQTLも染色体3番にあることまでは同定されていたが、領域が広いためにどの遺伝子が原因遺伝子なのかはなかなか特定できずにいたのである。ちなみに、トウモロコシは全ゲノムが解読されているものの、その情報はイネなどのモデル植物と比べて圧倒的に少ない。

今回の研究ではイネの遺伝子情報と比較しながら「トランスクリプトーム解析」を行うことによって、トウモロコシでも、イネで鉄獲得機構に関わっている遺伝子の相同性遺伝子が鉄の獲得に関わっていることが示された。さらに、TOM1の相同性遺伝子ZmTOM1の発現がys3でのみ減少していることも確認されている。

なおトランスクリプトーム解析とは、DNAの遺伝子情報がRNAに転写され、さらにタンパク質に翻訳されて最終的に細胞における構造および機能に変換されるという流れの中で、RNAの量や品質を調べる解析法だ。

ys3のZmTOM1にはスプライシングされるはずのイントロンが含まれており、ys3のZmTOM1に何らかの変異がある可能性が示唆された。なお、ys3のQTLの同定が染色体3番上であることまでしかわかっていないことを前述したが、「GRAMENEデータベース(イネゲノム統合情報データベース)」においてZmTOM1のゲノムは一部解読が完全でない部位があり、それが同定の遅れの原因だった可能性が考えられるという。また今回の成果は、トランスクリプトーム解析が原因遺伝子の特定が難しいとされていた自然突然変異体の解析に有用であるということが示された点もポイントだ。

ys1およびys3がいずれもデオキシムギネ酸に関わる輸送を担うトランスポーターに変異があることは、デオキシムギネ酸による鉄獲得機構はトウモロコシにおいて非常に重要であるということを示す。トウモロコシのZmTOM1の働きを改良して、ムギネ酸類を用いた鉄獲得機構をより強化することにより、石灰質アルカリ土壌のような不良土壌でも生育できるような鉄欠乏耐性トウモロコシが創製できることが改めて明らかとなったと、研究チームは語っている。