東京大学は5月10日、中国・西南大学、九州大学(九大)との共同研究により、カイコの数百の突然変態の内、化学変異源によって誘発された、純白色でかつ孵化能力のない卵を産下する系統「白妙卵」の原因が「ビテロジェニン受容体」遺伝子の「BmVgR」であることを明らかにし、同遺伝子の変異によってビテロジェニン受容体の一部に50アミノ酸の欠失を生じていることが判明したと発表した。
成果は、西南大 蚕学与系統生物学研究所のYing Lin副教授、同・大学院生のYan-Xia Wang氏、同・Juan Luo氏、同・Cong-Wen Yang氏、同・Qing-You Xia教授、中国・安徽農業大学 生命科学学院Yan Meng教授(当時:東大大学院 農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 日本学術振興会外国人特別研究員)、東大大学院 農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻の勝間進准教授、同・嶋田透教授、九大大学院 農学研究院 遺伝子資源開発研究センターの伴野豊准教授、同・生物資源開発管理学部門の日下部宜宏教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、3月20日付けで「The Journal of Biological Chemistry」に掲載された。
カイコには数百の突然変異体があり、卵の形質に関する変異も豊富に存在する。その変異体の1つである白妙卵の産下する卵には、「ビテロジェニン」の成熟型である「ビテリン」および「30Kタンパク質」が、ほとんど蓄積しないという特徴がある。
ビテロジェニンとは、卵生の動物において、雌の肝臓や脂肪体などの組織で合成され、血液を経て卵巣に取り込まれるタンパク質であり、最終的に卵黄の主成分であるビテリンとなる。カイコのような蛾類では、雌の前蛹(ぜんよう)期ないし蛹期の脂肪体で合成され、一時的に血液に蓄えられた後に、卵黄形成期の卵母細胞に移行し蓄積する仕組みだ。卵の中で徐々に分解され、胚発生のための栄養源になると考えられている。
またビテロジェニン受容体とは、卵母細胞の細胞膜に存在し、血液中に存在するビテロジェニンを細胞内に取り込む機能を持つタンパク質のことだ。昆虫のビテロジェニン受容体は脊椎動物の「低密度リポタンパク質受容体(LDLR)」と相同性があり、進化的に共通の起源を持つと考えられるという。
そして30Kタンパク質だが、こちらはカイコおよび一部の鱗翅目昆虫(蝶や蛾)で、幼虫期から成虫期にかけて主要な血液タンパク質となる分子量が3万前後ある一群のタンパク質のことだ。脂肪体などで合成され、雌では一部が卵巣に取り込まれて卵黄の成分となるが、雄でも血液中に多量に存在する。
今回の研究では、「連鎖解析」によって、白妙卵の原因が、ビテロジェニン受容体の候補タンパク質をコードするBmVgR遺伝子の変異であることが突き止められた。ちなみに連鎖解析とは、戻し交雑あるいはF2雑種の作成により、ある遺伝子と別の遺伝子が相同な染色体に座乗するか否か、また相同染色体に座乗する場合には組み換え価がどれほどかを明らかにする解析のことである。ここでは、特にゲノム上のDNA多型と目的の遺伝子(具体的には白妙卵)との連鎖解析を行って、白妙卵がゲノム塩基配列上のどこに存在するかを絞り込む実験を指す。
BmVgRはほかの昆虫のビテロジェニン受容体と類似の構造を示し、脊椎動物のLDLRと同じスーパーファミリーに属する。これらに共通に存在し、重要な役割を演じると考えられる「上皮細胞成長因子ドメイン(EGFドメイン)」が、白妙卵系統では大きく変異しており、そのために受容体としての機能が異常を来していると推定された(画像)。
実際に、BmVgR遺伝子をRNAi(RNA干渉)でノックダウンする実験、およびBmVgRタンパク質とビテロジェニンの共免疫沈降実験により、BmVgRが確かにビテロジェニンの取り込みに必須であることが示された形だ。BmVgR遺伝子のmRNAは、蛹期前半の発達中の卵巣で特異的に発現しており、LDLRファミリーの中でも、特にビテロジェニンおよび関連する血液タンパク質を卵母細胞へ取り込むために特化したタンパク質であると推定されたのである。
カイコでは、卵巣を雄に移植し、ビテリンを含まない卵を作らせることが可能であり、この卵が孵化能力を持つことは確認済みだ。白妙卵では、卵巣の「濾胞細胞」において合成され、卵巣にのみ特異的に存在する分子量6万~7万の「卵特異タンパク質(ESP)」が正常に蓄積するが、ビテリンと30Kタンパク質の両者を欠いている。これは、血液由来の両タンパク質を同時に持つことが、胚子発生を完了し孵化させるのに必要であることを示している。
画像2は、白妙卵系統における卵胞タンパク質蓄積の抑制。正常なカイコでは、蛹期における卵巣の発達の過程で、卵母細胞にヒデリン(Vg(H)180kDa、Vg(L)43kDa)、卵特異タンパク質が卵母細胞に蓄積する。その内、ビテロジェニンと30Kタンパク質は血液から卵巣に取り込まれるタンパク質である。白妙卵では、この2種類のタンパク質の取り込みが非常に強く抑制され、結果的に卵黄タンパク質含量が極端に少ない卵が形成される。産下直後の白妙卵は、卵黄の着色が薄いために白っぽく見え、受精はするものの胚発生の途中で致死してしまう。
ショウジョウバエではビテロジェニンに相同なタンパク質が存在しないため、昆虫におけるビテロジェニンの輸送機構には不明の点が多かった。今回の研究は、白妙卵変異体の原因遺伝子の解明を通して、BmVgRが血液からの卵黄タンパク質の取り込みにおいて重要な役割を果たしていることを証明した形だ。昆虫の卵形成と胚発生の分子機構解明に大きく貢献する成果としている。