基礎生物学研究所(NIBB)は5月9日、新たなモデル生物として注目されている新世界ザルに属する小型のサル「マーモセット」の大脳皮質にも、「眼優位性カラム」が存在することの確証を得たと発表した。
成果は、NIBB 脳生物学研究部門の仲神友貴研究員、山森哲雄教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、4月9日付けで脳科学専門誌「Frontiers in Neural Circuits」に掲載された。
ヒトなどの高度な立体視をする生物では、右眼から入力された情報と左眼から入力された情報が大脳皮質の「一次視覚野」に送られるが、右眼からと左眼からの情報はそれぞれ隣接する領域に入力され、高度な情報処理が行われる仕組みだ。
つまり一次視覚野では、右眼からの入力を処理する部分と左眼からの入力を処理する部分とが交互に存在し、縞模様を形成しているように見える。この縞の構造は眼優位性カラムと呼ばれており、ヒトのほか、類人猿やマカクザル、ネコなどの脳にも存在することがわかっている。
画像1は、視覚情報処理の流れを表した模式図だ。眼から得られた情報は、右脳・左脳のそれぞれで「外側膝状体」を経て、一次視覚野へと投射される。右眼・左眼の情報は一次視覚野の別々の場所で処理されるが、その投射先は交互に並んでおり、その構造は眼優位性カラムである。
霊長類は、原猿と真猿に大きく分けられ、真猿はさらに新世界ザルと、ヒトやチンパンジーなどが属する旧世界ザルとに分類される。原猿や旧世界ザルは、眼優位性カラムの構造を持つことが知られているが、新世界ザルでは眼優位性カラムの有無はサルの種によるといわれていた。
最近、新たなモデル生物として注目されるマーモセットは新世界ザルに属しており、これまでは眼優位性カラムが幼若な頃には存在することがわかっていたが、成体では消失するとする説や、成体でも個体によっては確認できるという説など、確定していなかったのである。
研究チームは今回、片方の眼にナトリウムチャンネル阻害剤の「テトロドトキシン」を注入して、網膜の活動を数日間停止させた状態で、2日間暗闇で飼育した後、光を照射して、一次視覚野の網膜活動依存的な遺伝子活動の様子を観察するという方法を用いた。そして、マーモセットの成体の一次視覚野に「眼優位性カラム」が存在することを、全例で確証したのである(画像2)。
画像2は、片眼の活動を遮断されたマーモセット一次視覚野での、光刺激による最初期遺伝子「c-FOS」の発現パターン。テトロドトキシンで片眼の活動を遮断すると、一次視覚野には正常な眼からのみ情報が投射される。この状態では、活動依存的遺伝子であるc-FOSのメッセンジャーRNAは正常な眼の投射先でのみ強く発現し、その発現パターンを「in situハイブリダイゼーション法」(特定の遺伝子のmRNAと相補性を持ち特異的に結合する探索プローブを用いてその発現量を調べる方法)によって調べると、眼優位性カラムの縞模様を見ることができるというわけだ。
これは、マーモセットで左右の眼からの入力が別のカラムに分かれて投射されていることを示しているという。画像2の上は、視覚野を含む脳部位の全体像。矢じりの内側が一次視覚野。同下は、上の黄色の円で示した部分を拡大したもの。赤矢印が活動を遮断された眼の投射先カラム。
今回の成果は、視覚情報処理研究における新世界ザル・マーモセットの霊長類としての特質と有用性を示す成果だと研究チームは述べている。