先端の天文観測画像の中から重力レンズ効果による宇宙の歪みをインターネット上のボランティアの力で探索する「Space Warpsプロジェクト」が、東京大学 国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構(カブリIPMU)のAnupreeta More博士と、オックスフォード大の天文学者らに率いられた研究チームによって始動し、現在、参加者を募っていることが5月8日に発表された。

重力レンズは、大質量の銀河や銀河団がまるで宇宙空間に浮かぶ超巨大なレンズのように振る舞い、背景の天体からの光を曲げる稀な現象だ。重力レンズ効果を受けた銀河は、分裂したり弧を描いたり、光を1点に集約することで増光したりするなど、さまざまなビジュアル効果を作り出す。

Space Warpsプロジェクトは市民参加科学プロジェクト「Zooniverse」の一部で、パソコンとインターネット接続環境があれば誰でも参加可能だ。2013年5月8日にオープンした公式Webサイトにアクセスし、観測画像の中からレンズ効果を受けた天体を見つけてクリックするだけである(画像1)。

画像1。Space Warpsプロジェクトの公式Webサイトトップページ

そしてサイトにアクセスすると、重力レンズによる宇宙空間の歪みがどのように見えるかのサンプルや、画像の中で見つけたものをどのようにクリックすればよいかなどが示される仕組みだ。画像中に判断に迷う天体を見つけた時には、オンライン掲示板でほかの参加者や研究者と議論することもできる。さらに、発見した天体について、コンピュータによる重力レンズのモデルを作成することも可能だ。最終的に、重力レンズのサンプルは、参加者と天文学者に公開され、さらなる研究に利用される予定となっている。

ちなみに天文学・宇宙関連で世界的にボランティアが参加できるプロジェクトとしては、SETI(地球外知的生命体探査)プロジェクトによる「SETI@home」が有名だろう。宇宙からの電波を解析し、その中に自然のものや人類のものではなく、異星文明からと思われる「意味のある」電波を探そうというプロジェクトだ。その解析には非常にマシンパワーを必要とするため、インターネットを活用した分散コンピューティング技術が利用されており、世界中の参加者が所有するPCの余ったCPUパワーを使って解析する仕組みである。

今回のSpace Warpsプロジェクトもそれと同じかというと、異なる。というのも、これまでの研究から、プログラムによる自動検出はまだ精度が低く、圧倒的にヒトの方が重力レンズを見つけ出せる確率が高いからだ。しかも、一般人でも慣れれば、研究者と同じくらい重力レンズ天体を見つけ出せることもわかっている。よって、ボランティアは自分のPCの余力を貸すというのではなく、空いた時間に、撮影画像を自分に可能な範囲の点数だけ自分の目で見て、実際に重力レンズ効果の起きている画像、そしてその部分を探して印をつけるというわけだ。

また同プロジェクトは、重力レンズ効果の自動検出プログラムの改良にも役立てられる。人間とコンピュータのコラボレーション(共同研究)と位置付けられており、参加者から得られた統計データが、重力レンズの自動検出プログラムの改良に利用されるのだ。つまりは、参加者が増え、重力レンズ効果の画像が増えれば増えるほど、自動検出プログラムの精度が上がっていくというわけである。

さらに、同プロジェクトは重力レンズの検索エンジンとして、さまざまな観測研究においても利用される予定だ。最初は、3.6mの主鏡を持つカナダ-フランス-ハワイ望遠鏡(CFHT)を用いて2006年から20009年にかけ、450夜相当、2300時間以上かけて行われた広域観測「CFHTレガシーサーベイ」による画像セットの探索を行う。

そのほか、米国の「Dark Energy Survey」などがSpace Warpsプロジェクトを利用する予定だ。2020年代に始動する予定の究極的な全天銀河サーベイ計画である、米国主導の「LSST(Large Synoptic Survey Telescope)」や、欧州の宇宙望遠鏡Euclidなどについても、Space Warpsの結果は大いに役立つと期待されている。

日本国内では、カブリIPMUが推進する、ダークマターとダークエネルギーの正体を究明して宇宙の起源と未来を解き明かそうという「SuMIRe(Subaru Measurement of Images and Redshifts:スミレ)プロジェクト」の両輪の1つ、すばる望遠鏡に設置された超広視野カメラ「HSC(Hyper Suprime-Cam)」を用いた観測でも、Space Warpsの利用を検討しているという。

今回のプロジェクトのスタートに際して、オックスフォード大のPhil Marshall博士は「宇宙の歪みは、重力レンズ効果で遠くの銀河を明るく見せたり引き延ばしたりするだけではありません。歪み効果を詳しく調べることでレンズ天体の質量が測定できたり、天体がどのくらいのダークマター(暗黒物質)を含んでいて、ダークマターがどのように分布しているのかなどを調べたりできます」と説明する。宇宙物理や天文学を愛好する皆様が壮大なレンズ現象の発見に参加し、銀河の形成過程でダークマターが果たしている役割の解明に貢献することができるというわけだ。

またMore博士はプロジェクトの目的について、「私たちは、コンピュータプログラムを用いて、画像から重力レンズ天体の自動検出を試みてきました。しかし、自動検出プログラムでは見つけ出せなかった重力レンズがまだまだたくさん残っているようです。それを皆さんの力で探し出して欲しいのです」という。さらに、「Space Warpsの一部の画像データには、コンピュータシミュレーションで作成した重力レンズ画像が合成されていて、皆さんがこれを正しく見つけられるかをテストする、訓練機能も組み込まれています」としている。

オックスフォード大のAprajita Verma博士は、「1人のボランティアがほんの数分を費やし、40枚くらいの画像を見てくれるだけでも、私たちの研究に大きく役立ちます。参加者の皆さんが重力レンズ天体の候補にマークをつけて下さるだけで、研究者はその天体を詳しく調査する価値があると知ることができるのです」と、ボランティアの重要性を語っている。

あなたも、気分転換をしたい時など、きらくに参加してみてはどうだろうか?