国立天文台は4月11日、台湾・中央研究院などの研究チームが、すばる望遠鏡、「カナダ-フランス-ハワイ望遠鏡(CFHT)」、米国の紫外線宇宙望遠鏡「GALEX(Galaxy Evolution Explore)」を用いた観測で、銀河が高速で銀河団中に落ち込む際にはぎ取られたガスの「尾」の中に、単独で存在すると思われる「青色超巨星」を発見したと発表した。

成果は、台湾・中央研究院の大山陽一氏、インド・基礎科学研究センターのホタ・アナンダ氏らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、4月20日発行の天文学誌「The Astrophysical Journal」に掲載された。

宇宙の大規模構造をなすその一部が、銀河が多数集まった「銀河団」だ。地球が属する天の川銀河は、まずアンドロメダ銀河などと「局部銀河群」を形成しており、さらにそうしたものが集まって、「おとめ座銀河団」を構成している。おとめ座銀河団の中核はおとめ座の方向に地球からおよそ5400万光年の距離に存在し、サイズは1200万光年ほど(局部銀河群はおとめ座銀河団の外れにある)。ちなみに宇宙の大規模構造はそこで終わりではなく、おとめ座銀河団はさらに大規模な「おとめ座超銀河団」の中核をなしている。

そうした銀河団の中心部には、1000から2000ほどの銀河が存在しており、おとめ座銀河団の場合なら1300~2500ほど。それらは摂氏約100万度の高温プラズマとダークマターの中に埋もれており、そこに銀河団の中心部に引き寄せられてきた銀河があると、その銀河に付随するガスは銀河団の高温プラズマとの相互作用によってはぎ取られてしまう。

大山氏とホタ氏らは、「その際にはぎ取られたガスの中で星が生まれるのか」ということと、「もしそうならどのように生まれるのか」ということに疑問を抱き、「おとめ座銀河団」に落ち込んでいる銀河からはぎ取られているガスに着目し、そこでの星生成活動を調べることにしたというわけだ。

「IC3418」銀河は、おとめ座銀河団に落ち込んでいる銀河の1つで、その落下速度は秒速1000kmもの高速になる。そのため、付随している冷たいガスが引きはがされていることが観測済みだ。この銀河が銀河団を通り抜ける時、引きはがされた冷たいガスによって5万光年にもおよぶ長さの尾を作っているのである。

低温のガスが高温プラズマの中に置かれた場合、再び集まって新しい星を生み出すのかどうかは、実は最近まで明らかになっていなかった。しかし、GALEXが紫外線画像で重要な証拠を撮影。新たな大質量星がこの尾の中で生まれていることが確認されたのである。天の川銀河のような一般的な銀河においては通常、大質量星は巨大分子雲の中で守られるようにして集団で生まれるとされており、高温プラズマの中の状況は通常とは異なることがわかったというわけだ(画像)。

画像は、上は、GALEXによって撮影された、おとめ座銀河団に落ちつつあるIC3418の紫外線画像。この銀河が右上の方向に動くにつれ、若い星々の集合体がその後方に5万光年にもおよぶ長さの細長い尾のように延びて分布しているのがわかる。そして矢印で示されたこの固まりの1つが、今回発見された青色超巨星だ。

下のグラフは、すばる望遠鏡で観測されたこの星の可視光スペクトル。スペクトルからは、水素ガスからの明るい輝線が1本検出された。これは星生成活動に伴うものとしては説明できず、星表面から吹き出すガスの風に由来する輝線であると考えられるという。

画像1。上はGALEXによるIC3418の紫外線画像。矢印が青色超巨星。下はすばる望遠鏡による同星の可視光スペクトル。(c) 国立天文台

大山氏は、IC3418の尾の中にある小さな点にしか見えない天体が、同じ尾の中にあり紫外線で光っているほかの天体とは様子が異なることを発見。そして2011年4月に研究チームが行ったすばる望遠鏡の微光天体分光撮像装置「FOCAS」の可視光観測により、この天体のスペクトル情報が判明したことから、その特徴が明らかになったのである。

大山氏は当時を振り返り、「この天体のスペクトルを初めて見た時、私の知っているどの系外天体のスペクトルとも似ていなかったので、大変困りました」という。その理由は、通常の星生成領域に見られる特徴がこの天体では見出されなかったからだだ。通常は星が生まれると強い紫外線を放射し、その周囲にあるガスを加熱・電離するはずである。そしてその後に周囲のガスが晴れ、恒星が直接可視光でも見えるようになるというわけだ。しかし、この天体はそうした周囲の加熱されたガスの代わりに、星の表層大気から秒速およそ160kmで吹き出すガスの「風」の特徴を備えていたというわけだ。

さらにこの天体の特徴を調べるために近傍にあるよく知られた星と比較した結果、この星はもともと5000万年以上前に生まれた大質量星(青白く、表面温度3万度以上にもなるO型主系列星で、天の川銀河内でも数が少ない)が歳を取った天体であることが判明。この状態の星は「青色超巨星」と呼ばれ、いずれ近い将来に超新星爆発を起こして死を迎えてしまう(大質量星ほど核融合のための水素の消費が早い)。

大山氏は、「私たちの解釈の通りなら、この星はスペクトル観測がなされた宇宙で最も遠い星です。私たちは8.2mのすばる望遠鏡を使い、一晩の内にこの天体の分光観測に成功しました。現在計画されている30メートル望遠鏡(TMT)が実現すれば、似たような星の分光観測の研究がどんどんできるようになります。このような時代がくるのが楽しみです」と語っている。

またホタ氏は、今回のような希少な天体を研究することの重要性について、「これまで天の川銀河で行われてきた星生成活動の研究に加えて、まったく異なる環境での星生成活動を調べることは大変重要です。このような研究について、すばる望遠鏡による詳細な分光観測データなどが新たな道を開きます」とした。今後、この希少な天体を取り巻く高温プラズマやその乱流、その中での冷たいガスの状態をより詳しく調べることによって、星生成の新たな側面が見出されることが期待されるとしている。