理化学研究所(理研)は4月8日、ゼブラフィッシュの胚を用いて、ビタミンA誘導体であるレチノイン酸を可視化する技術を開発し、その濃度勾配が動物の体を形作るのに重要な役割を担うことを明らかにしたと発表した。

同成果は、理研脳科学総合研究センター 細胞機能探索技術開発チームの宮脇敦史 チームリーダー、同 下薗哲 研究員らによるもので、詳細は英国の科学雑誌「Nature」オンライン版に掲載された。

モルフォゲンは、その濃度によって細胞の運命を決定する分子の総称です。

動物の発生、変態、再生などの段階において、体のさまざまな空間で濃度勾配を作って位置情報を与え、形態形成(形作り)に関与する分子「モルフォゲン」は、体内の産生・放出する部位から周囲に向かって拡がっていくと考えられている。

拡がっていく先では、モルフォゲンを積極的に分解・破棄する場所も存在しており、そうした濃度分布の情報を元に、さまざまな空間軸、つまり前後軸(頭尾軸)、背腹軸、左右軸、遠近軸などが形成されて頭や手足の場所が決まり、体全体が作られていくことが知られており、これまでに、繊維芽細胞増殖因子、ビコイド、ノーダルなどのさまざまな分泌タンパク質がモルフォゲンとして同定されてきた。

また、1980年代以降、レチノイン酸が脊椎動物特有の胚の前後軸に沿う空間情報を与えるモルフォゲンとして、例えば後脳(小脳や延髄)形成や体節形成に必須であると考えられるようになっている。

脊椎動物の発生遺伝実験としては、胚の透明度が高く、発生が母体外で進行するゼブラフィッシュがよく用いられており、受精後14時間の胚で、レチノイン酸合成酵素は胚の真ん中で発現し、一方、レチノイン酸分解酵素は頭と尾に発現していくため、胚の真ん中から両端に向かってレチノイン酸の濃度勾配があると推測されてきた。

発生中のゼブラフィッシュ。受精後約18時間のゼブラフィッシュ胚の写真。透明性が高い

しかし、レチノイン酸はビタミンA誘導体であってタンパク質ではないため、遺伝子工学的な手法で蛍光タンパク質を連結することができないほか、化学的な手法で蛍光標識することもできないため、これまでレチノイン酸の合成酵素または分解酵素を抑制したり、外部から過剰のレチノイン酸を投与する実験の結果から、前後軸に沿うレチノイン酸の濃度勾配の有無が間接的に議論されてきたにすぎず、レチノイン酸の濃度勾配が存在するのか否か、存在するとして勾配は直線的(線形的)か非直線的(非線形的)か、といった問題は未解決のままであった。

受精後約14時間のゼブラフィッシュ胚の様子。左がゼブラフィッシュ胚の形態写真。右がレチノイン酸の合成酵素(赤)と分解酵素(青)の分布。黒い部分が酵素発現の箇所

そこで研究グループはレチノイン酸の濃度の可視化に向け、レチノイン酸が結合するレチノイン酸受容体に着目し、受容体の中から、レチノイン酸が結合する主領域(ドメイン)だけを取り出し、ドメインがレチノイン酸と結合して構造を変化させる特徴を利用することで、レチノイン酸濃度の定量的解析を実現したという。

ビタミンAからレチノイン酸合成、分解にいたる代謝経路

具体的には、ドメインの両端にシアン色(水色)の蛍光タンパク質と黄色の蛍光タンパク質を連結し、ドメインの構造変化にしたがって蛍光タンパク質間のエネルギー移動の量が変化するように設計し、レチノイン酸の濃度に応じて色が変わるプローブ「GEPRA(Genetically Encoded Probe for Retinoic Acid)」を開発。

レチノイン酸結合ドメインを用いて開発したレチノイン酸指示薬「GEPRA」。レチノイン酸(紫)の結合ドメイン(緑)の両端をシアン色蛍光タンパク質と黄色蛍光タンパク質で挟んだ構造を持っており、レチノイン酸がドメインに結合すると、シアン色と黄色の蛍光タンパク質が離れてエネルギー移動が起きにくくなり、黄色に比べてシアン色の蛍光が強くなる

また、レチノイン酸に対する親和性が異なる2つの「GEPRA(高親和性のGEPRA-Bと低親和性のGEPRA-G)」を作製し、GEPRAを組み込んだ個体で得られるデータを比較することで、広範囲のレチノイン酸濃度を定量的に解析できる仕組みを構築したという。

実際に顕微鏡下で、生きたゼブラフィッシュの胚全体にわたってGEPRAの蛍光シグナルの観察を試みた結果、ゼブラフィッシュの胚の真ん中から頭と尾に向かってほぼ直線的にレチノイン酸の濃度が低くなることが確認されたという。そこでゼブラフィッシュ胚の大きさを考慮しながらコンピュータシミュレーションを行ったところ、レチノイン酸が胚全体を素早く拡散することを示唆するデータが得られたとする。

受精後約14時間の胚の形態、レチノイン酸濃度、レチノイン酸代謝酵素の分布。(A)が胚の形態、(B)がGEPRAで可視化したレチノイン酸濃度。濃度が高いほど赤く(実際は、水色の蛍光が強い)、低いほど緑(実際は、黄色の蛍光が強い)で示したもの。(C)はレチノイン酸代謝酵素(合成酵素と分解酵素)の分布で、代謝酵素を発現する領域が黒く染まっている。(A+B)は透過像(A)とレチノイン酸濃度(B)を重ねあわせたもの

これまで、ゼブラフィッシュの後脳(将来の小脳および延髄)の形成には、脳後方部位でレチノイン酸濃度が適切な勾配を持つことが必須であると考えられてきたが、レチノイン酸合成を阻害したゼブラフィッシュの胚をレチノイン酸溶液に浸し一様にレチノイン酸を投与した場合でも後脳が正しく形成されるという薬理学的実験結果にもとづいて、レチノイン酸濃度勾配の不要説も提唱されていた。

レチノイン酸合成部位(胚の真ん中)と分解部位(頭)の間のレチノイン酸濃度。レチノイン酸は、合成部位と分解部位の間で直線的な濃度勾配を持つ

今回、研究グループがGEPRAを発現するゼブラフィッシュ胚で再試した結果、レチノイン酸溶液に浸しても、頭部でレチノイン酸が盛んに分解されて、後脳形成領域でレチノイン酸の濃度勾配が形成されていることが判明したほか、蛍光観察を行ったGEPRA発現個体のすべてが、その後も順調に成長して子孫を残すことが確認されたことから、研究グループでは、GEPRAの発現がゼブラフィッシュの発生に影響を与える可能性は低いと考えられると説明する。

レチノイン酸溶液にゼブラフィッシュ胚を浸した実験。左は対照実験(正常発生している胚)。右はレチノイン酸合成を阻害した胚を10nMのレチノイン酸溶液に浸したもの。11時間後に頭部でレチノイン酸の濃度勾配(黄~赤)が観察され、36時間後には、正常な個体の発生が形態的に確認された

なお、研究グループは今回の成果を受けて、過去に行われた数多の操作実験を、GEPRAゼブラフィッシュ胚を用いて再試することで、現象が起こる原理について理解が深まることが期待されるとコメントしているほか、GEPRAを哺乳類動物へ展開することで、妊婦のビタミンAの過剰摂取による胎児の奇形化の可能性に対する相関性の調査やiPS細胞を用いる再生医療分野における、さまざまな組織での効率のよい治療や再生手法の開発につながることが期待されるとしている。