北海道大学(北大)は1月22日、ヒトの胎盤に主に発現し、母体免疫から胎児を守ること(免疫寛容)に貢献するHLA-Gタンパク質を、自己免疫疾患の1つである関節リウマチモデルマウスに投与したところ、長期間症状の進行を抑えることができ、明らかな副作用も認められないことを確認したと発表した。
同成果は、北大大学院薬学研究院の黒木喜美子 助教、同 前仲勝実 教授らによるもの。詳細は米国免疫学雑誌「Human Immunology」に掲載された。
HLA-Gは胎盤、胸腺、腫瘍細胞に特異的に発現するタンパク質で、対の形態(ホモ二量体化)を含めた多様な分子形態をとることが知られており、妊娠時の胎盤では異物である胎児が母体の免疫から逃れるために、細胞からHLA-Gを発現して母体の免疫系細胞上の抑制型受容体Leukocyte Ig-like receptor(LILR)B1、LILRB2に結合し、母体免疫反応を広く抑制することによって、妊娠を成立させていたり腫瘍細胞がHLA-Gを発現して免疫を回避していること、最近では制御性T細胞(免疫応答を抑える細胞)がHLA-Gを発現し、免疫抑制機能を発揮していていることなども分かってきた。研究グループでも、これまでの研究から、HLA-Gが生体内で対の形態を形成することによって単量体に比べてより効果的に抑制シグナルを伝達していることを立体構造解析、受容体LILR群との相互作用解析、細胞内シグナル解析によって明らかにしてきたほか、HLA-Gが持つ多様な形態に着目し、これらの形態の有する機能および構造を明らかにしていくことに取り組んできた。
今回の研究では、HLA-Gの免疫抑制機能を利用した副作用の少ない天然の免疫制御タンパク質製剤を目指して、生体レベルでの対のHLA-Gタンパク質の機能解析が行われた。
研究手法としては、HLA-G単量体および対のHLA-Gタンパク質を大量調製し、II型コラーゲン誘導型関節リウマチモデルマウス(コラーゲン誘導関節炎(collagen-induced arthritis)は、ヒトの関節リウマチのモデルとして用いられる実験的な自己免疫疾患。マウスにII型コラーゲンを注入することで発症させる)に投与し、関節の腫れをスコア(RAスコア)化。その際に副作用の指標として体重変化の記録を行ったほか、マウス個体においてヒトHLA-GがヒトLILRに相当するマウス抑制型受容体PIR-Bに結合することを、相互作用解析によって明らかにした。
具体的には、まずHLA-G単量体を用いて関節の腫れに対する抗炎症効果を観察。その結果、左足局所皮内に投与したにもかかわらず、抗炎症効果は四肢にわたって認められることが確認された。
また、タンパク質を5日間連続投与した場合と単回投与(1回のみ投与)した場合のRA スコア推移を比較したところ、それぞれの抗炎症効果に明確な差は認められなかったことから、対のHLA-Gタンパク質について、同様に左足皮内への単回投与で十分な抗炎症効果が認められるか、これまでの試験管レベルの実験により明らかにされた、対のHLA-Gタンパク質は単量体に比べてシグナル伝達能が100倍程度強くなることを反映して、生体レベルでもより強い免疫抑制効果が発揮されるかの検討が行われた。
この結果、対のHLA-Gタンパク質は単量体に比べてより少量の単回投与で、少なくとも2カ月の間効果が持続することが判明した。この間、顕著な副作用は認められなかったほか、HLA-Gタンパク質による抗炎症効果は関節リウマチ症状のRA低値に投与した場合に観察され、RAスコアが高くなってからのHLA-Gタンパク質投与による抗炎症効果は観察されなかった。
これらの結果から、関節リウマチモデルマウスにおいて、対のHLA-Gタンパク質は、軽度の炎症において、少量の単回投与で長期間抗炎症効果を示すことが明らかとなったという。
HLA-G投与によるRAスコアの変化。対のHLA-Gタンパク質が●、HLA-G単量体が▲、生理的食塩水が■。中段の図では、HLA-Gが15μg投与されたときに、対のHLA-G(●)が単量体のもの(▲)よりも強く押さえていることが見て取れる |
従来、関節リウマチの治療には、抗炎症薬やステロイド薬に加えて、生物学的製剤などが近年、効果があると期待され、用いられるようになってきたが、副作用や、抗体医薬に対する抗体産生による薬剤効果の低減などの問題がある。今回の研究から、生体内に実際に存在する対のHLA-Gタンパク質が強い免疫抑制効果を示すことが明らかとなったことから、より副作用の少ないバイオ医薬品の実現が期待できるようになると研究グループでは説明する。また、効果持続期間が長いことから、他の関節リウマチ医薬品との併用により、薬剤投与量や回数を減らし、患者の身体的・金銭的負担を軽減することも期待できるとも説明している。