生理学研究所(NIPS)は1月16日、基礎生物学研究所(NIBB)の協力を得て、新世界ザル「マーモセット」の網膜には、さまざまな形の視神経細胞「網膜神経節細胞」があり、中でも霊長類網膜では初となる形態学的に「モーション・ディテクター」の特徴をすべて持つ視神経細胞を見つけ出したと発表した。

成果は、NIPSの小泉周 准教授、同・森藤暁 博士(現・東北大学医学部)、NIBBモデル生物研究センター・マーモセット研究施設研究員の小松勇介 特任助教らによるもの。研究の詳細な内容は、1月15日付けで米オンライン科学誌「PLoS ONE」に掲載された。

ヒトを含む霊長類の網膜は、多くの細胞が密接に絡み合い、さまざまな視覚情報処理を行っている複雑な神経組織だ。これまでに研究グループは、ウサギやネズミといった下等なほ乳類の網膜をまるごと取り出し培養する方法を確立していた。

今回、これまでの方法を応用することで、世界に先駆けて、新世界ザルの網膜をまるごと取り出し、短期培養保存する方法の確立に成功。画像1のような培養装置に、取り出した網膜を置き(画像1の矢印)、2~3日間CO2インキュベーターの中で培養することができた。取り出した網膜は、2-3日後でも、光にちゃんと応答することも確認した。

画像1。新世界ザル(マーモセット)網膜の短期培養保存法の確立

また、この網膜に対して、遺伝子銃を用いて、緑色蛍光タンパク質(GFP)を遺伝子導入することにも成功。GFPの遺伝子導入によって、古くから知られている視神経細胞以外にも、多様な形態学的特徴を持った視神経細胞が種々あることが発見されたのである。

GFPによって緑色に染まった視神経細胞(網膜神経節細胞)の中から(画像2)、ウサギやネズミといった下等なほ乳類網膜で発見されているものと同様の形態学的な特徴をすべて持ったモーション・ディテクターと考えられる視神経細胞の「方向選択性網膜神経節細胞」が発見された。

画像3の断面模式図のように細胞の突起(樹状突起)が2層に重なり、ハチの巣状に四方に広がっているのが形態学的特徴の1つだ。画像2および3のSが今回発見した細胞の細胞体。細胞体を中心に四方に樹状突起が広がっている構造だ。画像2の中の*は、GFPで染まったほかの細胞である。

モーション・ディテクターの形態学的な特徴をすべて持つ視神経細胞の発見。画像2(左)はGFPによって緑色に染まった網膜神経節細胞。画像3は、断面模式図

小泉准教授は、「これまで人を含む霊長類網膜はデジカメのように比較的単純なものではないかと考えられていたため、モーション・ディテクターのような特殊な機能や特徴を持つ視神経細胞は見つかっていませんでした。今回、霊長類の1種である新世界ザル網膜の周辺部位でこの細胞が見つかったことから、霊長類でも周辺視野で主として働いているのではないかと考えられます。今後、この細胞が、動きや方向をどの程度検知できるか、機能的に確認することが必要です」とコメントしている。

なお、これまで網膜移植が実現できていない理由の1つは、網膜を取り出した後に、短期保存する方法がなかったためだ。今回確立した方法は、その1つの解決策になるものとして期待できるという。