理化学研究所(理研)は1月14日、ショウジョウバエの気管形成過程を「ライブセルイメージング」で詳細に観察。気管の基になる上皮細胞シートの「気管原基」細胞が細胞分裂時に球状になることが、組織の構造的な不安定化を引き起こし、シート状の気管原基から管構造へとダイナミックに形態を変化させることを発見したと発表した。

成果は、理研 発生・再生科学総合研究センター 形態形成シグナル研究グループの近藤武史基礎科学特別研究員、同・林茂生グループディレクターらの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間1月4日付けで英科学雑誌「Nature」オンライン版に掲載された。

1つの受精卵から人間のような複雑な体ができ上がる発生は、多様化した細胞が形態形成運動を通じて組織を構築する巧妙なプロセスだ。受精卵に由来する細胞は、さまざまな細胞に分化すると共に、シート、層構造、管などの組織を構築することで機能的な臓器を形成するが、この過程では円柱状の形をした上皮細胞が重要な役割を果たす。

上皮細胞は、敷石のように規則的にぴったりと接着し、シート状の組織である上皮細胞シートを構築する。適切な時期がくると、個々の細胞の動きは統合されて上皮細胞シート全体の運動となり、平面上で変形し、折り紙のように折り畳まれ、その後体内でくびれたり、切れたり、細胞がバラバラになったりといったさまざまな過程を経て、それぞれの臓器や組織特有の形へと変化していく。

上皮細胞は、分裂期に入るとその形態を球形へと変化させ(分裂期球形化)、分裂後には元の円柱状に戻る。通常、上皮細胞は円柱状の細胞が規則正しく並んでいるので、分裂時に球形化した細胞は組織の構造を不安定にする「異質な」存在だ。そのため、組織構造のバランスを崩さないように、発生過程では細胞分裂の場所とタイミングは厳密に制御されていることが知られている。

また過去の研究から、細胞分裂が予定外のタイミングで起きると、上皮細胞シートの運動が阻害され、上皮組織の形態変化に異常をきたすという知見も報告されていた。しかし、このような知見の蓄積にも関わらず、発生の中心的存在である上皮細胞シートの運動の詳細なメカニズムについては、まだ不明な点が数多く残っているのだ。

そこで研究グループは今回、上皮細胞シートが運動する仕組みを解明するために、モデル生物であるショウジョウバエを用いて、上皮細胞シートから管状の気管が形成される過程を追跡することにしたのである。気管原基のダイナミックな形態変化の詳細を調べることで、上皮細胞シートが組織を作り出す仕組みの解明に挑んだ次第だ。

ショウジョウバエは、遺伝子操作が容易で、多くの発生学的な知見が蓄積されている点で優れた研究モデルで、気管形成は、受精後5時間ころになると各体節の上皮細胞シートの両側面に気管原基領域が決定され、その中心部から陥入が起こり、体内へと組織が入り込んで管構造を作る(画像1・2)。

画像1。上皮細胞シートの陥入。一層に並んだ上皮細胞シート内で分化した気管細胞(紫)は細胞表面(緑)を体内に潜り込ませ(陥入)、管状の気管を作る(緑は気管細胞を含むすべての上皮細胞の頂端面を示す)

画像2。2次元的な上皮細胞シート(左)は、陥入を経て複雑な3次元構造(右)へと変化する

今回の実験では、ショウジョウバエの胚において上皮細胞シートが体内に陥入する様子を高精度のライブセルイメージングで観察。すると、陥入はまず気管原基の中心にゆっくりとへこみを作ることから始まり、そこを起点(陥入点)として一気に加速する、という2段階で進むことがわかったのである。

また、上皮細胞シートがゆっくりとへこんでいく間は上皮細胞の細胞分裂は停止しているが、予定陥入点で細胞が分裂期に進入し、球形化が開始すると同時に陥入が加速し、組織が一気に体内に落ち込むこともわかった(画像3)。

画像3は、分裂期球形化による陥入の加速。陥入の中心に位置する細胞(緑)が分裂期に入り、円柱状だった上皮細胞が球形へ変化していくと同時にシート全体は一気に内側へ入り込んでいく。この時はまだ細胞は分裂していない。細胞が完全に球形化した後に、細胞の分裂が起きる。

画像3。分裂期球形化による陥入の加速

この観察結果は、細胞分裂の位置とタイミングが上皮細胞シートの陥入に密接に関連することを示唆している。先行研究では、細胞分裂の起きない条件下でも陥入が起きることから、細胞分裂は陥入には必要ないと考えられていた。

研究グループはこの定説を検証するために、陥入の時期に細胞分裂期に進入できない(細胞分裂不全)変異体を用いて、陥入の様子をライブセルイメージングで観察して、定量的な解析を行ったのである。

すると、陥入は起こるものの、陥入が加速するタイミングに遅れが観察された。このことから、細胞分裂が陥入の加速に関与することが明らかになり、細胞分裂は陥入を阻害せず、むしろ積極的に貢献するという定説を覆す結果が得られたというわけだ。

一方で、この変異体でも最終的には管構造は正常に形成されており、細胞分裂以外にも陥入のタイミングを調節するメカニズムの存在が示唆されたのである。

正常な発生過程において、上皮細胞シートが陥入した後、FGFシグナルが働いて陥入した管が枝状に細かく分岐し、最終的に気管を形成する。研究グループは、この気管の分岐に関わるFGFシグナルに着目した。

FGFシグナルが働かない変異体の気管形成の過程を観察したところ、上皮細胞シートの陥入自体は正常に発生。しかし、細胞分裂不全の変異と組み合わせた変異体を作成し、同じく気管形成の過程を観察すると、陥入が大幅に遅れる上に、管構造も正常に形成されないことが発見された(画像4・5)。

つまり、正常な発生では、細胞分裂が陥入加速の引き金となるが、細胞分裂が異常の時には代わりにFGFシグナルが陥入のタイミングを調節するために働き、正常に気管を形成させるバックアップ的存在であることが見出されたのである。

FGFシグナル変異と細胞分裂不全胚で観察される陥入の遅延。画像4(左)は正常胚で、画像5はFGFシグナル変異+細胞分裂不全胚。正常胚では陥入開始後60分までに球形化により陥入が加速し、最終的にL字型の管構造が形成される。FGFシグナル変異胚は正常胚と同様の陥入過程を示す。しかし、FGFシグナルと細胞分裂不全の両方を組み合わせた変異胚では加速は観察されず、L字型の管構造も形成されない(赤線:上皮細胞の頂端面)

また、細胞分裂による陥入加速の引き金となる要因を探るため、細胞の分裂そのものを阻害する薬剤(微小管阻害剤)を添加することで、上皮細胞が球形化するだけで分裂は起きないような環境を作り、気管形成の過程の観察も行われた。

すると、正常に上皮細胞シートの陥入は起こり、適切なタイミングで陥入の加速も起きたのである。この結果から、陥入加速には細胞分裂自体ではなく、分裂に先立つ細胞の球形化が重要だと判明した。

さらに、分裂期球形化がどのように陥入の加速に関わるのか調べるために、細胞分裂が起きる直前(緩やかな陥入期(画像6))の上皮細胞シートの予定陥入点にレーザー照射し、細胞の内部構造を破壊して細胞内の張力を一過的に解除した。

すると通常のタイミングに先立って、人為的な陥入の加速が誘導された。このことから、上皮細胞シートの陥入は、予定陥入点の細胞が自ら陥入への力を生み出しているのではなく、周りの細胞から物理的に押された結果生じるのだと考えられた。

画像6は、上皮細胞シートの模式図。陥入開始直後の上皮細胞シートは、EGFシグナルの機能により中心に向かって圧を高めている状態であり(紫)、円柱状の細胞はこの圧に対して抵抗している(青)。球形化する細胞(緑)は抵抗を失い、蓄積した圧力を内部に逃がす(赤)役割を果たすと考えられる。

画像6。上皮細胞シートの模式図

また、研究グループが行った過去の研究の結果から、陥入を促進するEGFシグナルが中心への圧力を生み出すのに関与するという予想が立てられた。そこでEGFシグナルが働かない変異体での陥入時の様子を解析。正常胚では陥入開始後の最初の細胞分裂で加速が起こるが、変異体では気管原基におけるはじめの数細胞の細胞分裂では加速が誘導されないことがわかった(変異体ではこれに続く細胞分裂により陥入が起こる)。

これらのことから、陥入に先立ってEGFシグナルの作用から上皮細胞シートの予定陥入点に向かってひずみが蓄積しており、分裂期球形化によって生じる構造的な不安定化がひずみ力を解放させ、急速な組織変形を促すと結論付けた(画像6)。

さらに、EGFシグナル、FGFシグナル、細胞分裂を欠失させた変異体では、陥入がほとんど起こらなくなるものの、3つのメカニズムの内1つでも働けば、陥入構造が少なくとも部分的には形成されることがわかった(画像7)。

画像7は、3つの異なるメカニズムによる陥入の制御。細胞分裂(細胞球形化)、EGFシグナル、FGFシグナルすべてを欠失させた胚(右)では、上皮細胞シートは平らな上皮を維持したままで、陥入は起こらない。一方で、3つのメカニズムの内1つでも働けば、少なくとも部分的な陥入構造が形成される。

画像7。3つの異なるメカニズムによる陥入の制御(緑:上皮細胞頂端面、紫:染色体)

以上の結果から、分裂期球形化がもたらす上皮細胞シートの構造的不安定化は、上皮細胞シートの陥入を促進させる重要なメカニズムであることがわかった。

さらに、EGFシグナルと分裂期球形化によるそれぞれの働きが協調的に作用することで、気管形成が正常に進むためのタイミングのとれた安定で効率的な陥入運動が保証されること、FGFシグナルは通常は陥入に必要ではないがバックアップ機構として働くこともわかった次第だ。

今回、2重3重に組み合わせた変異体の定量的な解析によって、3つの性質の異なるメカニズムが一部の機能を重複させながら、補完的かつ協調的に作用して、安定した形態形成を実現していることが明らかになった。発生過程の限られた時間の中で、複雑な構造の体を確実に作り出す仕組みを解き明かす新たな手掛かりになり得るという。

また、これまで形態形成運動とは関係しないと考えられていた細胞分裂、特に細胞球形化が、上皮細胞シートの変形を促進して新しい器官を生み出すという、形態形成運動に積極的な働きをしていることが、今回の成果によって示された。これは細胞分裂が果たす新しい役割といえるという。この新しい知見は、生物の発生・再生の根本的な仕組みを理解する上で大いに役立つと期待できると、研究グループはコメントしている。