理化学研究所(理研)は12月26日、リンパ球の一種であるナチュラルキラーT細胞(NKT細胞)や、免疫反応の司令塔である樹状細胞を利用して、自然免疫と獲得免疫の両方を活性化させ特定のがんを抑制する「ヒト型人工アジュバントベクター細胞」によるがん免疫療法を開発したことを発表した。
同成果は、理研免疫・アレルギー科学総合研究センター 免疫細胞移植戦略研究ユニットの藤井眞一郎ユニットリーダー、東京大学 医学部付属病院腫瘍免疫学の垣見和宏 准教授、山口大学 共同獣医学部獣医内科学の水野拓也 教授、永井良三 前東大拠点長(現 自治医科大学学長)らによるもので、詳細は米国の科学雑誌「Cancer Research」オンライン版に近日掲載される予定だ。
生体防御を担う免疫系には、先天的な免疫システムでさまざまな種類の抗原を対象に初期防御を担う「自然免疫」と、抗体や多様な細胞性免疫応答によって特定の異物を強力に認識し排除する「獲得免疫」があり、両者が協調して働いている。自然免疫には、マクロファージ、樹状細胞、ナチュラルキラー細胞(NK細胞)、NKT細胞などが関わり、獲得免疫には、B細胞やT細胞といったリンパ球が関与している。
免疫を利用したがん治療は、1980年代には自然免疫を利用したLAK療法やサイトカイン療法が、1990年代初めには、悪性黒色腫のがん抗原が同定されたのを契機に、がん抗原だけが持つごく小さなタンパク質の断片(ペプチド)を標的にするペプチド療法や、樹状細胞を体外で増やしてがん抗原ペプチドを提示し、再び体内に戻すという獲得免疫を利用した免疫療法が主流となったが、近年、体外で十分な樹状細胞を増やすことが困難な上、がん細胞はしばしば獲得免疫による排除を免れる場合があることなどの問題点が判明してきた。
研究グループは、自然免疫と獲得免疫の両方を誘導する他者由来の細胞(他家細胞)を利用した免疫療法の開発を目指した研究を進めてきた。これは、より強固にがん細胞だけを排除するためには、特定の抗原を対象としないNK細胞やNKT細胞を中心とした自然免疫と、特定の抗原を標的にしたT細胞を中心とした獲得免疫の両方を活性化することが重要となるためで、これまでに、T細胞の標的となるがん抗原と、NKT細胞を直接活性化させることができる糖脂質「α-GalCer(アルファ-ガラクトシルセラミド)」を同時に有する「人工アジュバントベクター細胞」が開発され、生体内の樹状細胞の活性化により自然免疫と獲得免疫の両方の働きを連結させることに成功していた。
今回の研究では、ヒト由来の細胞を用いた「ヒト型人工アジュバントベクター細胞(aAVC)」の作製に挑み、マウスとイヌに加え、ヒト免疫細胞を移植したマウスで有効性の調査が行われた。
具体的には、aAVC作製のために、14種類のヒト線維芽細胞と非線維芽細胞を用いて、各細胞にα-GalCerを細胞表面に提示するために必要な分子「CD1d」を導入し、細胞増殖率、遺伝子導入効率、NKT活性化能率において高効率な細胞(HEK293細胞)を選別した。このHEK293細胞の培養下にα-GalCerを添加し、抗原として卵白アルブミン(OVA)のmRNAを導入し、ヒト型OVA人工アジュバントベクター細胞(aAVC-OVA)を作製したという。
次に、aAVC-OVAの効果を、マウスとイヌの前臨床試験で検討したところ、最初に正常マウスと樹状細胞欠損マウスにaAVC-OVAを投与して比較した結果、正常マウスではOVAだけを認識するT細胞が非常によく分裂・増殖したのに対し、欠損マウスではほとんど増殖しないことが確認された。これは、樹状細胞がaAVC-OVAを貪食して取り込み、OVAをT細胞に提示して活性化させていたためであることが調査の結果判明した。
また、大型動物であるイヌで免疫応答と副作用の有無を評価したところ、イヌは血中のNKT細胞数が少なく、ヒトの約10分の1しかないものの、免疫後1~2週間でNKT細胞が10~20倍に増加することや、OVAだけを認識するT細胞が活性化することが判明した。また、心肺機能などの理学所見、血液生化学検査などの副作用検査でも、異常は確認されなかったという。
さらに、実際にヒトの免疫細胞を活性化させるかどうかの検討も実施。まず、ヒト悪性黒色腫のがん抗原(MART-1タンパク質)のmRNAを導入した「ヒト型MART-1人工アジュバントベクター細胞(aAVC-MART-1)」を作製し、その後、免疫不全マウス(NOGマウス)にヒトの未熟な樹状細胞とNKT細胞、そしてMART-1だけを認識するT細胞の移植を行った。同マウスのT細胞は自然には増殖しないが、aAVC-MART-1で免疫すると、効率よくT細胞が活性化し、分裂・増殖することが判明した。一方、aAVC-MART-1だけ、ヒトの未熟な樹状細胞とNKT細胞だけ、またはMART-1ペプチドだけを移植した場合はT細胞が活性化しないことが確認された。
これらの結果から、aAVCを投与すると、NKT細胞の活性化が引き金となって、自然免疫と獲得免疫の両方を誘導できるため、これまでのがん免疫療法にはない効果を発揮することが確認されたこととなった。
なお、今回の成果を受けて研究グループは、従来の免疫療法は患者本人から血液を採取するオーダーメード療法だったため、医薬品としての開発が困難であったが、aAVCでは、他家細胞を利用するため一定の条件で抗原の発現を調節できることから、品質の安定化を図ることができ、医薬製剤化が期待できるようになるとコメントしている。