産業技術総合研究所(産総研)と物質・材料研究機構(NIMS)は12月9日、ダイヤモンド半導体の特徴を利用することにより、真空を用いた高耐圧パワースイッチを作製し、動作実証に成功したと発表した。
同成果は、産総研 竹内大輔主任研究員とNIMSの小泉聡主幹研究員らによるもの。詳細は、米サンフランシスコで12月10~12日(現地時間)開催されている「国際電子デバイス会議(IEEE International Electron Device Meeting:IEDM 2012)」のハイライトとしてオンラインで紹介され、12月10日の同会議にて発表された。
省エネルギー化に向けて、二酸化炭素の排出を抑制するためには、再生可能エネルギーを大量に導入したり、電力系統のスマートグリッド化によって電力をコントロールしたりする必要がある。例えば、日本近海の洋上風力エネルギーは膨大にあるといわれているが、これを利用するためには洋上で100kV以上の高圧電力を安全で安定にコントロールできる高耐圧高効率小型パワースイッチの開発が必須となる。さらに、得られた再生可能エネルギーを日本列島間で効率よく送電するためのスマートグリッド構想には、超高電圧直流送電が不可欠で、ここでも超高耐圧のパワースイッチの創出が必要となる。
従来のパワースイッチとして、シリコンなどを材料とする半導体デバイスが用いられているが、高電圧に耐えるためには多数の素子を直列接続する必要があり、電力変換装置が巨大になってしまい、実用化できなかった。このため、固体である半導体よりもさらに優れた絶縁体が求められていた。真空は変電所などの遮断機やX線発生装置に用いられている優れた絶縁体である。また、電子の動きを邪魔しないため、電子源から十分な電子放出が自由に得られれば、わずかな電圧でも電流がよく流れる。このため、電子放出をしないオフ状態と、電子放出を伴ったオン状態を利用してスイッチを構成することができ、さらに真空中では電子を固体内よりも早く動かせるため、高速でのオン・オフが期待できる。
図1 真空パワースイッチの概念図。左が理想的なオフ状態、右が真空中の電極間が十分な数の電子で満たされたオン状態。オフでは真空空間が高電圧を絶縁し、オンでは真空が電子で満たされて電流が流れる状態になる。真空は電子の流れにとって抵抗がないため、原理的にはスイッチに残るオン電圧をゼロにすることができる |
真空をパワースイッチに利用するためには、真空中に高効率かつ低電圧で大電流を流すための理想的な電子放出源を実現する材料が必要となる。従来の真空管の電子放出源であるフィラメントは、大電流を素早くオン・オフすると切れてしまい、信頼性、効率、応答性の面から、真空パワースイッチに使用することはできない。この問題を解決するために、研究グループは真空への電子放出源材料にダイヤモンド半導体を採用した。
ダイヤモンドの表面を水素原子で覆うと、外の真空よりもダイヤモンド中の自由電子のエネルギー位置が高くなり、真空中に自由に電子が飛び出すことができる「負の電子親和力」を持つ面となることを実験で実証した。水素で覆ったダイヤモンドは、水素原子と炭素原子の強い共有結合で安定化しており、大気中でも安定していて、真空中では800℃の高温まで安定していることも明らかになっている。今回の研究では、水素で覆ったダイヤモンドのPN接合ダイオードを作製して、ダイオードをオンすると電子放出が起こる現象を発見した。しかし、ダイヤモンドの誘電率は他の半導体材料に比べて小さいため、動き回れる電子の量が少なく室温動作で流れる電流はわずかであり、この段階では高耐圧真空スイッチとしての動作の検証は困難だった。
そこで、ホウ素を添加したP層とリンを高濃度に添加したn+層との間に、不純物の混入を極力低くした真性形の層(I層)を入れたPIN接合形のダイヤモンドダイオードを開発し、電子放出源を作製した。
さらに、このダイオードの真上から約100μm離したところに陽極を置いて、真空パワースイッチとしての検証を行った。ダイオードがオフのままであれば、真空は絶縁体として働くため、真空パワースイッチはオフ状態となって、陽極電圧を10kVまでかけても全く電流は流れない。一方、ダイオードに電圧をかけてオンにすると、ほぼ0V付近から電子放出電流が立ち上がって真空パワースイッチがオン状態になることを確認した。
さらに、詳細に動作を確認するため、10kV高圧回路に組み込んでダイオード入力のオン・オフを行い、出力となる高圧回路側の電流と、負荷にかかる電圧の変化を測定した。ダイオードをオンにすると、10kV高圧回路に電流が流れ、負荷にほぼ10kVの電圧が加わったことが観測できた。ダイオードへの入力電力は、ダイオード電圧23.6V、電流7mA、駆動時間0.5秒の積で、82.6mWであるのに対し、負荷への出力電力は、負荷電圧9.64kV、電流48μA、駆動時間0.5秒の積で、231mWとなり、231/(82.6+231)=73.7%の電力伝達効率が確認された。これは、真空管で固体素子同様のパワースイッチングが可能であることを実証したことを意味している。理論的には、100kV以上の場合、電力伝達効率99.9%を超える設計が可能であることが期待され、真空を用いることで、このような100kV以上の耐圧設計が十分可能であることは、従来の固体素子のパワースイッチに比べて大きな優位性になるという。
なお、研究グループでは今後、さらに真空パワースイッチの特性を向上させて絶縁耐圧性や電力伝達可能性などにおける優位性を確認していくことで、従来の1/10以下サイズを実現する高耐圧効率小型パワースイッチの具体的な実用化へつなげていきたいとコメントしている。