東京大学(東大)生産技術研究所(東大生産研)は12月4日、自然免疫受容体経路の活性化が大腸炎を抑制する分子機構の1つを解明したと発表した。
成果は、東大生産研 分子免疫学分野の根岸英雄特任助教、同・博士課程1年の三木祥治氏、同・博士課程1年の更級葉菜氏、同・谷口維紹特任教授らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、米国東部時間12月3日付けで米国科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」オンライン速報版に掲載された。
腸内細菌による自然免疫応答の活性化は、「炎症性腸疾患」との密接な関係を持つ。大腸内の上皮細胞や免疫細胞にはさまざまなパターン認識受容体、「Toll様受容体(TLR)」、「RIG-I様受容体(RLR)」、「NOD様受容体(NLR)」などが発現している。
腸内細菌を初めとしたさまざまな腸の内容物によって活性化を受けると考えられており、中でもTLRとRLRの活性化は大腸炎の制御に重要な役割を果たすことがわかっているところだ。
しかしながら、TLRおよびRLRは通常の抗原提示細胞では、炎症性サイトカインやケモカインの産生を介して、免疫応答の活性化に寄与しており、むしろ炎症を活性化することが知られているが、なぜ、大腸炎に対して抑制的に働くのかは不明であり、その分子機序についてもよくわかっていなかった。
研究グループは今回、TLRおよびRLR経路がどのような機構で大腸炎を抑制するのか解明するため、これら受容体の下流で遺伝子発現を制御する重要な転写因子である「IRFファミリー転写因子」に着目して解析を進めた。
まず、9つあるIRFファミリー転写因子中で、特にTLR/RLR下流の転写制御に重要な「IRF3」および「IRF5」に着目し、欠損マウスにおいて「デキストラン硫酸ナトリウム(DSS)」誘導性の大腸炎を起こしたところ、IRF3欠損マウスで大腸炎が劇的に悪化することが判明(画像1・2)。
画像1(左)・2は、IRF3欠損マウスにおけるDSS 誘導性大腸炎。画像1は、野生型、IRF3欠損(IRF3-/-)およびIRF5欠損(IRF5-/-)マウスにおいて、DSSの投与から8日後に大腸を摘出したもの。野生型と比較し、IRF3欠損マウスでは大腸の長さが著明に短くなった。
画像2(右)は、同様の大腸を固定後、組織切片を作成し、HE染色を行ったもの。IRF3欠損マウスの大腸では著明な細胞浸潤と組織構造の破壊が観察された。これらの結果はIRF3欠損マウスにおいて著明な大腸炎が起きていることを示している
さらにDSS誘導性の大腸炎には、炎症のステップ(体重減少期)と炎症からの回復のステップ(体重回復期)があるが、いずれのステップにもIRF3欠損マウスには異常があり、著明な炎症が起こることに加え、まったく回復が起こらないことも確認された。
このような結果は今までのIRF3の機能では説明できないことから、新たなIRF3の標的遺伝子を探索したところ、大腸炎の抑制に関わる「TSLP」および「IL-33」の遺伝子発現がIRF3欠損マウスの大腸において著明に減弱していることがわかったのである(画像3)。
さらにこのような遺伝子の誘導機構を解析するため、大腸内容物の懸濁液で細胞を刺激したところ、IRF3によってTSLP/IL-33の遺伝子発現が誘導されることがわかった(画像4)。
画像3(左)と画像4は、RF3欠損マウス大腸およびIRF3欠損細胞におけるTSLP/IL-33 mRNAの発現。
画像3は、野生型またはIRF3欠損マウスにおいて、DSSの投与前および投与8日後の大腸を摘出し、TSLP/IL-33のmRNA発現をRTPCRによって解析したもの。DSSの投与前および投与後のいずれにおいても、IRF3欠損マウス大腸で、TSLP/IL-33 mRNAの著明な減弱がみられた。
画像4はマウス大腸内容物(便の懸濁液)によって、マウス胎児繊維芽細胞を3時間刺激後、RTPCRによってTSLPおよびIL-33のmRNA発現を解析したもの。IRF3欠損細胞において、TSLP/IL-33 mRNAの著明な減弱がみられた。
さらにどのような自然免疫受容体経路がこの誘導に関わっているかを調べるため、「siRNA4」を用いた解析がなされたところ、TSLP/IL-33の誘導には「STING」、「IPS-1」が重要であり、さらに腸内に含まれる核酸が関与していることもわかった(画像5・6)。
画像5(左)と6(右)は、大腸内容物に含まれる核酸によるTSLP/IL-33遺伝子の発現。
画像5は、マウス胎児繊維芽細胞において、IRF3の活性化に関わるシグナル経路のアダプター分子(TRIF、MAVS、STING)をsiRNAによってノックダウンした後、それらの細胞を、大腸内容物で3時間刺激後、RTPCRによってmRNAの発現を解析したもの。STINGのノックダウンによってTSLP/IL-33 mRNAが、MAVS のノックダウンによってTSLP のmRNAが著明に減弱した。
画像6は、大腸内容物から抽出した核酸によって、マウス胎児繊維芽細胞を3時間刺激後、RTPCRによってTSLPおよびIL-33 mRNAの発現を解析したもの。核酸とlipofectamin(核酸の細胞質への輸送を補助する薬剤)を混合することで、TSLPおよびIL-33 mRNAの発現が誘導された。
これらの結果から、大腸内に存在する核酸がRLR経路を介してIRF3依存的なTSLP/IL-33の発現誘導を引き起こすことが、大腸炎の抑制に重要であると考えられる(画像7)。
画像7は、今回の研究成果の概略図。大腸では、大腸内に含まれる核酸成分が免疫細胞や大腸上皮細胞を活性化し、常時、大腸炎からの回復に寄与するサイトカイン、TSLPおよびIL-33の遺伝子発現が誘導されている。このような発現誘導に細胞室内核酸認識受容体経路が関わっており、IRF3が必須の役割を担っている。
今回の研究によって、大腸炎を抑制する新しい機構が解明された形だ。大腸内には腸内細菌、大腸上皮細胞の死細胞、さらには食物に由来するさまざまな核酸が大量に含まれていると考えられる。
そのような核酸が細胞の表面ではなく、細胞質内の核酸認識受容体を介してIRF3を活性化し、TSLPやIL-33の発現誘導を行っているということは学術的に興味深い現象だ。通常の場合、核酸は細胞質内に輸送されづらく、単独では強い免疫性を持たないことがこれまでにわかっていたので、今回の研究成果から、大腸内では核酸を細胞質内に輸送する未知の機構が存在することを示唆しているという。
このことは、IRF3を活性化する核酸を用いた治療が現実的に実現可能なことを示唆する。すなわち、特別な修飾や化学薬品を用いなくても、例えば「cyclic-di-GMP」などのようにSTING-IRF3経路を活性化する核酸を大腸内に単純投与することによって、IRF3を活性化し、大腸炎を抑制できる可能性を示唆しているというわけだ。このように、大腸炎に対する核酸の治療効果を検証することで、今後、炎症性腸疾患の治療法が確立できる可能性があるのである。
一方で、TSLPおよびIL-33はアレルギー性疾患を悪化させる働きがあることがわかっている。さらに、このような疾患において、核酸が悪化に関わることもわかっているため、IRF3を標的とし、その働きを阻害することで、アレルギー性疾患の治療法が確立できる可能性があるという。研究グループは今後、IRF3を標的とした阻害剤やsiRNAが、アレルギー性疾患に対する治療薬となる可能性があるとした。