京都大学は12月3日、ヒト胚性幹細胞(ES細胞)・人工多能性幹細胞(iPS細胞)から分化させた「心筋細胞シート」を用いて不整脈の心臓病モデルを作成し、薬剤による不整脈の治療効果を再現することに成功したと発表した。

成果は、京大 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)の中辻憲夫拠点長(幹細胞生物学)、同・生物物理学のコンスタンチン・アグラゼ教授、京大 医学研究科の門田真博士課程学生(アグラゼグループ所属、中辻グループ受入、循環器学)らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、英国時間11月30日付けで欧州心臓病学会誌「European Heart Journal」オンライン版に掲載された。

心臓病は世界の死因の第1位であり、その中でも心筋梗塞や心筋症において出現する不整脈は突然死の原因とされる。特に心室性不整脈(心室細動、心室頻拍)は生命に関わる重篤な疾患であり、電気的除細動(電気ショック)を速やかに行って不整脈を停止することが必要だ。

しかし、除細動が有効でない場合や不整脈が繰り返し出現する場合には、薬剤治療が必要となる。それらの「頻脈性不整脈(リエントリー性不整脈)」の出現には、心筋細胞の異常興奮が関わっており、持続する不整脈の形態として興奮が旋回することが知られていた。

実際に、リエントリー性不整脈とはどんなメカニズムを持つのかというと、心拍数は100回/分を超え、異常興奮が心臓内を旋回することで起こることから、リエントリー(ぐるぐる回り続けるという意味)と呼ばれるというわけだ。

また、その興奮旋回の様子は、渦を巻く様にも見えるためスパイラル波とも呼ばれる。特に心室性の不整脈においては、興奮旋回の周期が心拍数に影響するため、持続すれば心室の収縮力を保てなくなり、血液の循環に破たんをきたし致死性になる可能性がある不整脈なのだ。

こうした不整脈のモデルとしては、動物の細胞や組織を使ったものが多く使用されているが、心拍数や発現する遺伝子などがヒトと動物では異なることから、動物モデルではヒトの心臓における正確な病状の再現や薬剤効果の評価が困難な状況である。

そこで、今回の研究ではヒトES/iPS細胞由来の心筋細胞からヒト心臓モデル(心筋細胞シート)を作成することで、頻脈性不整脈と薬剤による治療効果を世界で初めて再現することに成功した次第だ。

研究グループは今回、以前に同グループが開発したヒトES/iPS細胞から高効率に心筋細胞を分化誘導する手法を利用して、大量に作成した成熟心筋細胞から直径12mmの心筋細胞シートを作成。

シートを作成してから2日から1カ月間培養した後に「カルシウム感受性色素」を投与することにより、蛍光顕微鏡を用いて細胞興奮が波となってシート上を伝わる様子を観察したのである。

なおカルシウム感受性色素とは、カルシウムイオンが結合することで蛍光を発する化合物のことだ。心筋細胞では、カルシウムイオンチャネルを介してカルシウムイオンが細胞内に流入することにより筋収縮が起こるので、これを用いて心筋組織において興奮が伝わる様子を観察することができるのである。

そして、シートに高頻度の電気刺激を行うことで不整脈を誘発し、誘発されやすい条件を検証した。また、誘発された不整脈に対して、抗不整脈薬を投与することで、実際に治療効果を再現できるかの検証も実施。

また、作成した心筋細胞シートの性質を知るために、免疫抗体染色、遺伝子発現の解析、さらにiCeMSのジョン・ホイザー教授らと協力して細胞内・細胞間構造解析なども行われた形だ。

ヒトES/iPS細胞由来の心筋シートをカルシウム感受性色素で標識したところ、その興奮伝播の様子が、画像1に示されているように一様な波形(正常型の波形)として認められた。

画像1。心筋シートにおける興奮伝播波形。赤矢印は進行方向を示し、一様に伝わっているのがわかる

また、このシートに対し高頻度の電気刺激やナトリウムチャネル阻害剤の投与が行われた結果、伝播速度の低下が見られ、生理学的に正常な応答を示したのである。

さらに、シート作成後の培養日数に応じて伝播速度が上昇していることから、心筋細胞シートを長期培養することで組織的な成熟化が進んでいることが示唆された。

それに加えて免疫抗体染色の解析では、約90%が心筋細胞であること、また細胞間にギャップ結合と呼ばれる電気的興奮の伝達に必須な構造が多く認められる(画像2)ことなどから、この心筋細胞シートが実際の心臓の組織に比較的近いものであることが裏付けられた。

画像2。心筋細胞間構造を示す電子顕微鏡写真。介在板と呼ばれるギャップ結合などの細胞間構造が多数認められた

シート作成時に播く細胞数を調整すると、より低い濃度の細胞シートにおいて画像3のような旋回する波形(不整脈モデル)が誘発されやすい傾向が示された。これは、心筋細胞の密度が特に低い部分において興奮性が低下することで、一様な伝達が困難になり、結果として興奮が旋回するために起こる。

このような興奮性の低下と旋回は実際の心臓においても心筋梗塞後などで見られる現象であり、この心筋細胞シートが病態を再現する不整脈モデルとして適切であることを示している。

画像3。細胞濃度の低いシートにおいて高頻度刺激により誘発された旋回波形(頻脈性不整脈モデル)

さらに、誘発された旋回波(不整脈モデル)に対して種々の薬剤を投与したところ、特に抗不整脈薬であるいくつかのカリウムチャネル阻害剤による興奮波の消失(治療モデル)が認められた。

抗不整脈薬の1つである「ニフェカラント」を投与すると、画像4に示されているように旋回する波の中央部で非興奮領域が増大し、その後旋回波が消失することが判明。

これらの反応は、一般的によく利用されるラット細胞シートを用いた不整脈モデルでは確認することができなかったため、ヒト由来の心筋細胞に特徴的な現象であると考えられる。このようにヒトES/iPS細胞由来の心筋細胞シートが、ヒトにおける薬剤効果の評価手段として大変利用価値の高いものであることが示されたというわけだ。

画像4。心筋細胞シートにおける旋回する興奮波(不整脈モデル)を示した連続画像と合成画像(右)。A:薬剤投与前、B:薬剤(カリウムチャネル阻害剤ニフェカラント)投与後

なお、この心筋細胞シートはこれまでにない再現性と簡便性を持ったヒトの頻脈性不整脈モデルだが、培養皿上の平面的な2次元モデルであり、実際の心臓のように3次元的に成熟した構造ではない。これについては今後の課題となっている。

今回の研究は、ヒト由来の心筋細胞シートを用いることで、頻脈性不整脈の病状と治療のメカニズム解明を可能にした。今後は、不整脈治療に使える新薬のスクリーニングへの応用や、電気的除細動(電気ショック)による頻脈性不整脈に対する治療のメカニズム解析にも利用可能で、より有効で新しい治療法の開発が期待されるという。

また、将来的にヒトES/iPS細胞は再生医療に利用されることも期待されている。その心筋移植治療を行う前段階において、治療後の副作用の1つと考えられる不整脈の出現リスクを評価する手段として、細胞治療の安全性評価に役立つことが期待されるとした。