産業技術総合研究所(産総研)は、植物の細胞の長さが3種類のタンパク質がバランスことによって調節されている仕組みを明らかにしたと発表した。

成果は、産総研 生物プロセス研究部門 植物機能制御研究グループの高木優招聘研究員、同・樋口(池田)美穂協力研究員(日本学術振興会 特別研究員RPD)らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、米国科学誌「The Plant Cell」に掲載される予定だ。

植物は重要な資源であり、昔から食料や衣類・住居の材料として利用すると共に、園芸植物などとして人々に癒しを与えてきた。また、近年、漢方薬やバイオ燃料、工業材料など、植物由来の医薬品や材料が注目を集めており、その用途も広がりつつある。そうしたことから、用途に合わせて植物の姿形や大きさを改変することは、生産の効率化につながるのはいうまでもない。

このような背景において、植物の細胞の長さは、樹高・草丈、葉・実の大きさなどに直接影響を及ぼすことから、従来から育種の重要なポイントとして研究されてきた。しかし、細胞の長さを決める環境要因には、日あたり、温度、水、栄養素の比率などさまざまなものがあり、どのようにして植物がこれらの環境条件を総合的に判断して最終的に細胞の長さを決定しているかは、これまで解明されていなかった。

植物は日あたりや、温度、水、栄養素の比率など、さまざまな環境条件に総合的に対応して、細胞の伸長を調節し、例えば日なたや日陰といった環境に合った形に生長する。

また、どの時期にどの細胞を伸長させるかということは、春に芽が伸びるといった季節による生長の違いや、若い植物はよく伸びるが年老いるとほとんど伸びないといった時期的な生長の違いにも関係している。さらに、植物の細胞伸長は単純な生長だけでなく、花が咲く、あるいは、倒れると上を向くといった植物の重要な機能にも関係している。

画像1。植物の細胞伸長が関与する現象の例

画像2。細胞の長さの違いによる植物への影響(写真はシロイヌナズナ)

今回、モデル植物であるシロイヌナズナから、細胞を伸ばす働きを持つ2種類の転写制御因子「PRE1」と「ACE」と、細胞の伸びを抑制する1種類の転写制御因子「AtIBH1」の3種類のタンパク質が同定された。

これら3種類の転写制御因子はいずれも、細胞の数には顕著な変化を与えず、細胞の伸長のみを制御する因子であることが判明。この内、ACEは直接、細胞を伸ばす酵素遺伝子の働きを活性化して細胞の伸びを引き起こす機能を持っていた。

一方、AtIBH1はACEに結合して、その働きを阻害することで、細胞の伸長を抑制していることがわかった。さらにPRE1はAtIBH1に結合し、AtIBH1の働きを邪魔して、ACEの働きが阻害されることを防ぎ、結果的に細胞の伸長を促進していたのである。

このACE、AtIBH1、PRE1による拮抗阻害機構は「三重拮抗制御(Tri-antagonistic bHLH system)」と命名された。機構のイメージ図を示したのが画像3である。これと類似した2因子間の拮抗阻害機構はこれまでにヒトについて報告されているが、3因子による拮抗阻害機構は、これまで動植物についての報告例がない。新しい制御機構といえよう。

今回発見した3種類の転写制御因子の内、PRE1は茎の先端や若い葉、若い実などに多く存在する一方で、AtIBH1は堅くなった茎の下の方や、年老いた葉、大きくなった実などに多く存在していた。このことから、PRE1、AtIBH1、ACEの3因子による拮抗阻害機構は、植物の生長段階ごとにさまざまな細胞の伸びを調節している可能性があるとしている。

画像3。植物の細胞伸長を制御する三重拮抗制御(Tri-antagonistic bHLH system)

研究グループは今後、PRE1、AtIBH1、ACEの働きを部分的に増強したり、阻害したりすることで植物の背丈や葉、花、実のサイズなどを改変する技術の開発を試み、実際の作物育種に応用していきたいという。

また、これらの3因子自体を操作することで、植物の外見だけではなく、代謝なども変化することが期待されていることから、代謝系に与える影響についても研究開発を進めていきたいとしている。